「世界の民族」超入門 世界96カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養

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世界96カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 「世界の民族」超入門
山中俊之(著)
ダイヤモンド社 (2022/2/9)

山中俊之(やまなか・としゆき)
著述家。芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。エジプトでは、カイロのイスラム教徒の家庭に2年間下宿し、現地の生活を実際に体験。首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験。外務省を退職し、2000年、株式会社日本総合研究所入社。2009年、稲盛和夫氏よりイナモリフェローに選出され、アメリカ・CSIS(戦略国際問題研究所)にてグローバルリーダーシップの研鑽を積む。2010年、グローバルダイナミクスを設立。研修やコンサルティングを通じて、激変する国際情勢を読み解きながらリーダーシップを発揮できる経営者・リーダーの育成に従事。2011年、大阪市特別顧問に就任し、橋下徹市長の改革を支援。カードゲーム「2030SDGs」の公認ファシリテーターとしてSDGsの普及にも努める。2022年現在、世界96カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。コウノトリで有名な兵庫県豊岡市にある芸術文化観光専門職大学の教員としてグローバル教育に加え自然や芸術を生かした地域創生にも注力。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA、大阪大学大学院国際公共政策博士。テレビ朝日系列「ビートたけしのTVタックル」、朝日放送テレビ「キャスト」他に出演。著書に、『世界94カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 世界5大宗教入門』(ダイヤモンド社)などがある。

日本は長い歴史の中で、
異文化を融合させてきました。

一方、社会として、異なる民族を受け入れるのが
得意ではありません。

ネット上では、情報のサイロに陥らなければ、
国境を超えて情報を得ることができます。

意識して取り入れていこうと、
改めて考えました。

民族とは

■シンパシーとエンパシー

「シンパシー(同情) は「感情や行為や理解」で、
知的作業であるエンパシー(共感) は「能力」で す。

——つまりシンパシーのほうは
かわいそうな立場の人や問題を抱えた人、
自分と似たような意見 を持っている人々に対して
人間が抱く感情のことだから、
自分で努力しなくても自然に出てくる。

だが、エンパシーは違う。

自分と違う理念や信念を持つ人や、
別に可哀想だとは思えない立場の人々が
何を考えているのだろうと想像する力のことだ。

シンパシーは感情的状態、
エンパシーは知的作業と
言えるかもしれない。」

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』p.75

■民族とは文化的なものである

言語と文化はニワトリとタマゴの関係ですが、
同胞・仲間意識を持つ時に「同じ言語を使っている」
というのは非常に大きな軸となります。

よく知られている代表的な語族は次の三つです。

●1.インド・ヨーロッパ語族

インド・ヨーロッパ語族はその名の通り、
いわゆるヨーロッパの大半とインド(特に北インド)で
話されている言葉です。

中東にあってヨーロッパ的ともいわれる
イランで話されているペルシャ語が
ここに属していることは
覚えておいたほうがいいでしょう。

ゲルマン語派に属するのは、
ドイツ語、オランダ語、デンマーク語、
スウェーデン語、ノルウェー語など北欧の言語。
そして英語です。

ラテン語派の主なものは、
フランス語、スペイン語、ポルトガル語、
イタリア語、ルーマニア語。

フランスはもともとフランク王国における
ゲルマン系(それ以前はケルト系)でしたが、
途中からどんどんラテン語の影響が入ってきて、
ラテン系となりました。

スラブ語派は、
ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語。
旧ユーゴスラビアだったセルビア語とクロアチア語、
ボスニア語もこの仲間です。
ポーランド語、チェコ語もスラブ語に属します。

●2.アフロ・アジア語族

中東やアフリカを中心に使われている言語で、
アラビア語、ヘブライ語、アムハラ語などが
現在でも使われています。

アラビア語、ヘブライ語が広範囲で使われ、
現存している理由は宗教。

旧約聖書はヘブライ語で書かれており、
コーランはアラビア語です。

●3.アルタイ諸語

アルタイ諸語はチュルク語族(トルコ語など)、
モンゴル語族(モンゴル語など)、ツングース語族
があります。

●その他

主な三つの語族に加えて、
シナ・チベット語族(中国語)があります。

日本語はそこにも当てはまりません。

「世界の民族」超入門

別の本からの引用ですが、
シンパシーとエンパシーっていいですね。

国際的な協調はもちろん必要だけれど、
日本としての軸は、持っていてよいと考えます。

が、軸を定めるほどの理解があるかというと
十分ではないのではないか、と思い、
『新しい世界の資源地図』を読み始めました。

正直、私自身の無知に驚きました。

それ以前の視野がとても狭かったことに
気づきましたし、
現代史に絞っても、歴史的背景の事実を
あまりに知らなすぎました。

酷すぎるのではないだろうか。>朝日

そう思って、次に選んだのが、
『「世界の民族」超入門』です。

おそらく、また、驚きでいっぱいに違いありません。

あなたは、他の民族をどのくらい知っていますか。

20220410 「世界の民族」超入門_民族とは(1)vol.3374【最幸の人生の贈り方】

東アジアの民族

■中国

960万平方キロメートルという巨大な国土に住む
人口の約92%を占めるのは漢民族で、
残りは55の少数民族ですから、
一強多弱の国です。

少数民族のなかで、人口が多いのは、
チワン族、満州族、回族などです。

中国の少数民族を考える際に忘れてはいけないのは、
ウイグル人、チベット人との軋轢です。

支配されることも多かった漢民族が、
なぜ、今日まで中国の中心なのでしょう?

1.数の力
圧倒的に人口が多い

2.漢字の力
「科挙」では、どんな皇帝の治世であろうと、
漢文のスキルが必須でした。
「文化人、政治家、権力者はみな、漢字ありき」

■モンゴル

1206年にチンギス・ハーンが築いたモンゴル帝国は、
世界史上最大の超大国。

現在の朝鮮半島から東ヨーロッパまでの
世界の4分の1が領土だったのですから、
その影響は今でも世界中に残っているのです。

■周辺国に100回以上侵略されてきた朝鮮半島

現在の韓国、北朝鮮はどちらもほぼ単一民族です。

朝鮮民族の押さえるべき2つのポイント

1.朝鮮民族は、侵略・支配されてきた歴史があり、
緊張感にさらされてきた。

2.朝鮮民族は、地理的・歴史的にも
日本以上に中国の影響を受けている。

■台湾

台湾はもともと東南アジアの島嶼部と近い
さまざまな民族が住むまったく別の国でした。

漢民族が移住する前は民族的には
フィリピン、インドネシア、マレーシアと近かったのです。

現在の台湾は多民族国家で、
漢民族の他43の少数民族が暮らしています。

標準語である中国語、台湾語(国民党来訪以前の台湾在住漢民族の言葉)、
先住民族のさまざまな言語(消滅の危機にあり)と、
台湾は言語的には三重構造といえるでしょう。

「世界の民族」超入門

最近では、日中関係、日韓関係がこじれることも
たびたびですが、相手側の視点や教えられていることを
知っておくことは、とても大切だと思います。

私は、最近まで中国にODAを支出していたことは
知っていましたが、
日中戦争や第二次世界大戦の賠償金を
中国が放棄していたことを
きちんと認識していませんでした。

ということで、改めて、
日本の戦争賠償と戦後補償について、
Wikipediaで確認してみました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本の戦争賠償と戦後補償

確認してみると、賠償の方法は、とても複雑です。。。

賠償の権利があるかどうか、
朝鮮は複雑な立場に立たされています。

基本的な方針として、
ヴェルサイユ条約でドイツに課せられた膨大な賠償金が
ドイツを再び戦争へと向かわせたことへの反省から、
できる限り在外資産を没収する形での賠償をさせようという方針が
とられたとのこと。

中華人民共和国は旧大日本帝国政府と日本国民が
中国大陸(東部内モンゴルおよび満州含む)に有していた
財産、鉱業権、鉄道権益などを得たとされる。
およそ2387億円。

台湾は、425億円。
朝鮮は、703億円。

いずれも1945年(昭和20年)8月5日現在の金額です。

韓国には、このほかに1080億円の経済援助金の協定を
結んでいます。

地政学では、3つの立場で大きく見方が変わると
されています。

大陸国家、海洋国家、半島国家です。

歴史上、100回以上侵略されてきた朝鮮半島の歴史は、
日本の歴史とは大きく異なり、
その結果、世界観も大きく異なるでしょう。

侵略の歴史の結果、生まれている緊張感を
私たちはもっと理解した方が良いのかもしれません。

あなたは、東アジアの民族とその歴史から、どんなことを学びますか。

220220411 東アジア_「世界の民族」超入門(2)vol.3375【最幸の人生の贈り方】

東南アジアの民族

■フィリピン

フィリピン、マレーシア、インドネシアは
比較的近接した民族系統に属し、語族も同じです。

それなのに今やそれぞれの国の印象がかなり違う理由は、
植民地時代に異なる国の支配を受けたからです。

14世紀までのフィリピンはイスラム商人との交易が影響し、
イスラム教徒の国でした。

その後、大航海時代が始まると
16世紀にマゼランがやってきます。

スペイン統治下となり、人々は強制的に
カトリックに改宗させられました。

フィリピンの人々の多数がカトリックになったものの、
ミンダナオ島など南のほうには
まだイスラム教徒が残っています。

■マレーシアとシンガポール

マレーシアは14世紀にはイスラム教徒である
マレー系の人々が多く住むマラッカ王国でしたが、
大航海時代の15世紀にはポルトガルに、
16世紀にはオランダに、
18世紀にはイギリスに支配されました。

マレーシアとシンガポールは、
もともと一つの国でした。

イギリス植民地時代に、
イギリス東インド会社のトーマス・ラッフルズが
「シンガポールを主要拠点にし、大々的に貿易をしよう」
と決めたことが転機となります。

それまで人口が少なかったシンガポールに、
マレー人ばかりか中国やインドから
大量の移民がやってきて急速に発展しました。

シンガポール側は中国系の華人と呼ばれる人々が
多くなりました。

華人とは、現地の国籍を取った中国系の人々で、
(現地の国籍を取っていない人は華僑と呼びます)
東南アジアには多数居住しています。

エリアの多数派である民族が微妙に違ってきたこともあり、
マレー人と華人の対立構造が生まれ、
1965年にシンガポールが分離・独立しました。

シンガポールは世界のなかでも
比較的人種や民族がうまく融和している国の一つです。

シンガポールが経済発展を遂げ、
多民族国家として成功しているのは、
アジア史上最も優れた政治家、リー・クアンユーの存在が
大きいと考えられています。

■インドネシア

マレーシアとインドネシアは同じオーストロネシア語族で、
よく似た言葉です。

マレーシアはイギリスに、
インドネシアはオランダに支配されたために、
異なる国家となり、言葉も変わっていきました。

インドネシアには300を超える民族がいて、
彼らが「我々はインドネシア民族である」
と一つにまとまったのは、
20世紀になってからです。

「われわれは一つの国、一つの民族としてまとまるべきだ」
と考えるグループが生まれ、独立運動が始まります。

そこで彼らが用いたのが言語でした。

多くの住民が話していたマレー系の言語をベースに、
「インドネシア語」という新たな共通言語を作り、
200もの異なる民族の団結を図ったのです。

インドネシアを全体としてみれば、
現在は9割近くがイスラム教徒です。

それなのにボロブドゥール遺跡のような仏教寺院が残され、
バリ島は島全体がヒンドゥー教。

これはイスラム的というよりは、
いろいろなものを受け入れるアジア的な文化性だと思います。

■ベトナム

ベトナムも南シナ海を囲む多民族国家に数えられ、
54の民族がいますが、圧倒的多数はキン族(ベト族)で、
全体のおよそ8・5割を占めます。

漢の時代から長らく中国による支配が続いたために、
中国の影響が強い民族です。

たとえば、東南アジアのなかで
大乗仏教の国はベトナムだけで、
これは中国がもたらしたものです。

また、言語はベトナム語ですが、そこに当てはめるように
漢字を用いていたのも中国の影響です。

1945年に社会主義国家になった際に、
ベトナムは漢字を手放し、
アルファベットを用いるようになりました。

■タイ

タイを構成するほとんどの人はタイ族。

先住固有の民族というわけではなく、
いろいろな民族が混じりあって
タイ族となっています。

古代から住んでいた山岳民族、マレー系の民族、
そして海路ではインドと中国の中間地点であったことから
インド系の民族。

9割以上が仏教徒ながら、
南方にはイスラム教徒もいることは注目すべきでしょう。

アジアで一度も植民地になっていない国は、
タイと日本のみ。

第二次世界大戦では日本側であり、
終戦後は連合国軍に領土を削られる可能性もあったのに、
免れています。

極端な支配や虐殺をされた歴史がないため、
どこかゆとりや寛大さがある——
だから、食をはじめとした文化が花開いたのかもしれません。

この寛大さは、LGBTQ+の人々に対して
比較的寛大であることにもつながっていると見ています。

■ミャンマー

ミャンマーは、多数を占めるビルマ族の他、
シャン族、カレン族、モン族などたくさんの民族から
構成される多民族国家です。

今、世界で起きている非人道的な民族問題のなかで、
ロヒンギャ族の問題はウイグル問題などと並んで
最大級のものです。

ロヒンギャはイスラム教の少数民族で、
ミャンマーに80万人、
バングラデシュに40万人ほどといわれますが
正確な数字はわかっていません。

ミャンマーは現在7割がビルマ族ですが、
多民族国家です。

『もういちど読む 山川世界史 PLUS アジア編』から、東南アジアの歴史を概観しました。

東南アジアは、ベトナム、ラオス、カンボジア、
タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、
ブルネイ、フィリピン、インドネシア、東ティモールの
11カ国があり、
現在は、東ティモールを除く10カ国が
ASEANに加盟しています。

歴史的には、中国、インド、中東、ヨーロッパ、日本の影響を
大きく受けている地域です。

第二次世界大戦前は、タイとミンダナオ島を除いて、
イギリス、フランス、オランダ、
ポルトガル、スペインの植民地にありました。

第二次世界大戦の日本軍が最大進攻した1942年は、
ビルマ(ミャンマー)から東の東南アジアは、
日本軍に占領されています。

ベトナムに出かけた時は、
ホーチミン市博物館に出かけました。

ベトナムは、中国に1000年くらい支配された後、
フランスの支配下に入り、
日本、アメリカと、支配される時代が
とても長いことを学びました。

ベトナム語は、表記も発音も難しいと
感じています。

私にとって、最も衝撃を受けたのは、
シンガポール国立博物館へ行った時です。

シンガポールの歴史が紹介している中で、
日本が統治していた2年間は、
暗黒の「昭南島」時代として、
展示されていました。

私が訪れた時は、さらに特別展として、
「Witness to War: Remembering 1942 
戦争の証人:1942年の記憶」
が開催されていて、
日本軍によって、どんな悲惨な目に遭わされたか
ということが展示物と証言によって、
伝えられていました。

国立博物館の展示ですから、
国民の気持ちを代弁しているのだと考えます。
 
 
日本の歴史授業では、なぜか、
第二次世界大戦について、教わることがありません。

いつもお決まりのように、日本史は、
尻切れとんぼで、現代史が語られないのです。

おかしなことです。

歴史は、現代から遡って教えてもいいはずです。

教師が教える言葉を持っていないなら、
子どもたちに考えてもらえばいいことです。

ミャンマーのロヒンギャの難民は、
現在、110万人。

長引いている民族問題の一つです。

あなたは、東南アジアの国の歴史から何を学びましたか。

20220412 東南アジア_「世界の民族」超入門(3)vol.3376【最幸の人生の贈り方】

南アジアの民族

■インド

インドはアジア的な東でもなく、
キリスト教が中心の西でもなく、
あらゆるものが共存する中間的な国家です。

インドは「国会議員が集まって
単独の言語で議論ができない」という
数少ない国です。

連邦公用語であるヒンディー語ができない
南部出身の国会議員が存在するのです。

多民族国家のインドでは、憲法で
「22の指定言語」が決められています。

基本的に言語によって州が再編されているため、
「言語イコール州」。

インドの民族は北部のアーリア系と
南部のドラヴィダ系というのが大まかな構成です。

●ヴァルナ(カースト)とジャーティ

カーストはインドではヴァルナといい、
大きく四つに分かれている階層身分制度です。

高位からバラモン、クシャトリア、バイシャ、シュードラ
の4階級で、その下にダリットという人たちがいます。

ヴァルナに加えてジャーティという
職業の分類がありますが、
数千ともいわれる細分化されたものです。

基本的にジャーティは
親から子どもに引きつがれていくため、
職業選択の自由が制限されます。

結婚も現実には、カーストによって
大きな制約を受けます。

●宗教

ヒンドゥー教徒にとって仏教は、
「ヒンドゥー教の一分派」くらいの認識です。

イスラム教徒とヒンドゥー教徒の間には
深い溝があります。

インドの8割がヒンドゥー教徒というのは事実ですが、
どの民族にもイスラム教徒はいます。

●言語格差

インドは英語ができないと
一般に大学に行くことができない。

英語話者≒大卒≒上位階層といった構造があるのです。

●テクノロジー産業

能力主義で勝負しようにも、カースト制と言語格差で、
その人の可能性どころか次世代の可能性まで
制限されてしまいます。

もっともテクノロジーでその軛から逃れようという気運もあり、
それが顕著なのがIT企業です。

カースト制度ができた頃にはテクノロジー産業は、
存在していませんでした。

すなわち、ジャーティに定められていないのですから、
どんな身分の人であっても就職できます。

●女性の活躍

インドの政治家、企業家のうち
活躍している女性は存在するものの、
彼女たちは上流階級のなかで高等教育を受けた
一握りの特別な人たちということです。

中間層の女性は男性より格段に活躍の場は少なく、
貧困層の女性は残念ながら教育そのものを
受けられないことも珍しくはありません。

●異文化コミュニケーション

インド人はアジア人ですが、
どちらかというとヨーロッパを向いています。

アメリカのGAFAといわれる巨大IT企業にも
インドの人は大勢いて、
中間層の出身者も少なくありません。

中国人もたくさんいますが、
彼らはアメリカで学んで中国に帰って
国のエリートとして働いたり、
アメリカの中国系企業のトップになることも多い。

アメリカの会社に普通に入って
幹部になるインドの人とは異なります。

■パキスタン

南アジアはヒンドゥーかイスラムかの宗教によって
国が分かれたエリアです。

その象徴的な例がパキスタン、バングラデシュ。

どちらもかつてインドで、
宗教が違うがゆえに別の国になりました。

「パキスタン」という言葉は、
イギリス領インドのイスラム教徒が住む
五つの地域を指していました。

■バングラデシュ

パキスタン独立の際、
やはりイスラム教徒の多いインド東部も
一緒に分離しました。

その後、地理的に離れているので
パキスタンから分離し、
バングラデシュと今では違う国になりました。

■ネパール

ネパールは「多民族、ヒンドゥー教徒多数、カースト制度あり」
という点ではインドに似ていますが、
中国の影響も受けています。

■スリランカとブータン

南アジアのなかで仏教国といえるのは、
西端のスリランカ。

南アジアのもう一つの仏教国は
「幸せの国」といわれるブータンです。

「世界の民族」超入門

『もういちど読む 山川世界史 PLUS アジア編』から
南アジアの箇所を拾い読み。

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インドの歴史は大変古く、
前2600年には、インダス文明が成立し、
ヒンドゥー教の原型が生まれ、
前1800年ごろから次第に衰退。

前1500年ごろ、アーリア人が侵入を始め、
前1000年を過ぎるとガンジス川上流域で、
鉄製道具を使用し、農耕社会を形成します。

このころに、「色」を意味するヴァルナという
身分制度が生まれました。

その後長い時間をかけて、
「生まれ」を意味するジャーティが、
職業と結びついていきました。

前6世紀には、16大国をはじめとする、
都市国家が生まれ、
その中で、仏教、ジャイナ教が生まれました。

6世紀半ばから、仏教、ジャイナ教は衰退し、
ヒンドゥー教が優位になります。

8世紀からイスラム勢力がインドに進出し、
13世紀にはイスラム政権が誕生します。

17世紀には、イギリス・フランス両東インド会社が
進出し、英仏が抗争し、イギリスが圧倒。

その後、19世紀半ばに、イギリスにより
植民地化されます。

1947年に、インドとパキスタンが分離独立します。

両国間では、カシミール帰属問題が発生し、
軍事衝突の危機は、21世紀も続いています。

どちらも核保有国です。

「外務省 インド」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/s_sa/sw/in/page3_003247.html
日本はインドとの関係を友好に保ち、
今年3月に岸田首相がインドを訪問しています。
特に重要視しているのは、日米豪印戦略対話です。

ただし、二国間貿易を見てみると、
お互いに上位にあるわけではありません。

しかしながら、進出日系企業は、
増加傾向にあり、
2018年以降、1400社以上が、
インドに進出しています。

インドからみると、中国とは国境関係で揉めていて、
緊張関係にありますが、
ロシアとは、友好関係を保ち、
ロシアが世界から経済制裁を受けているなかで、
ロシアとの貿易を増やそうとしています。

覇権を主張するのではなく、
いろいろな国と友好的にやっていくという
スタンスがここにも現れていると思います。

著者も書いているように、
海外で活躍しているインド人は、
中国人と違って、そのまま現地企業の幹部として
活躍しつづけます。

あなたは、インド文化から、どんな影響を受けていると感じますか。

20220413 南アジア_「世界の民族」超入門(4)vol.3377【最幸の人生の贈り方】

西ヨーロッパの民族

■イギリス

イングランド、スコットランド、ウェールズ、
北アイルランドの四つのエリアは
ある意味それぞれ一つの国ともいえる存在であり、
それらの連合体であるUnited Kingdomの
中央政府がロンドンです。

●イングランド

1066年にフランスにいたノルマン人に
征服されています。

つまり、「アングロサクソン+ノルマン」が
現在のイングランド人の原型といっていいでしょう。

●スコットランド

さまざまな民族が入り混じっています。

スコットランド語が第二言語として残っています。

●アイルランド

イングランドとの同化を最後まで拒み続けたのが
敬虔なカトリックの国アイルランドで、
民族・宗教抗争は約1000年にわたります。

1920年、南アイルランドは「アイルランド共和国」として独立、
イギリス連合国に留まったのが北アイルランドです。

北アイルランドはかつてイングランド人の入植政策が
取られた影響でプロテスタントが多数居住しています。

そのため北アイルランドでは、
カトリック系とプロテスタント系の争いが現在まで続き、
EUを離脱したイギリスの政治的安定にも
影を落としています。

■フランス

「国民国家」という概念を世界史上初めて
具体化したのがフランスです。

きっかけとなった1789年のフランス革命は、
「全世界を変えよう」という
コスモポリタン的なものでした。

革命が起きた18世紀末のフランスは
単一民族ではありませんでした。

フランスは「唯一の公用語はフランス語。
全員がフランス語を話しなさい」と取り決め、
言語で国家の統一をはかりました。

現在もフランスでは「宗教を公の場で表現してはいけない」
としています。

公の場のなかに学校が含まれていることで
問題が起きており、その象徴が「ブルカ問題」。

フランスには北アフリカや中東からの移民が多く、
イスラム教徒がおよそ500万人いるとされています。

ブルカで登校することは、
国の政教分離のドグマに反するというわけです。

2011年には「公の場で顔を覆う服装」が
禁止されました。

■スペイン

公用語はスペイン語(カスティージャ語)で、
国のほとんどの人が話せますが、
アラン語、カタルーニャ語、ガリシヤ語、
バスク語、バレンシア語と
五つも自治州の公用語があるのは、
複雑な多民族国家であり
今なお対立構造が残っているがゆえです。

古代から居住していたイベリア人に、
フェニキア人、ケルト人、ギリシャ人が
混血していったのがスペインの始まり。

ラテン系のローマ帝国、
ゲルマン系の西ゴート帝国、そして何より
イスラム教徒に支配されたことで、
民族に宗教が加わり複雑多様になりました。

イベリア半島を舞台に、
カトリックVSイスラムの対立構造が
生まれたのです。

自治州のなかでもマドリード中央政府に対する
反発心が強いのは、カタルーニャとバスク。

■イタリア

古代ローマ帝国の帝都ローマを首都として、
長らくローマ教皇の拠点であったイタリアは
8割がカトリック教徒です。

国家としての統一は19世紀になってからですが、
それまでの分権的な統治構造が結果として
中央集権と地方分権のバランスにつながっています。

ローマ以外にも、ジェノバ、ベネチア、ミラノなど
それぞれに有力な領主がいて、
各地でルネサンス以降、
さまざまな文化が生まれました。

言語についていえば、
南と北で方言的な違いがあるものの、
基本的にはイタリア語。

チロルではドイツ語も話されます。

■ドイツ

ドイツの領土である地域は、
中世では神聖ローマ帝国の名のもと、
ヨーロッパ全体は長らくハプスブルク家の支配下にあり、
カトリック教会も絶大な権力を持っていました。

神聖ローマ帝国は中央集権的ではなく、
むしろ分権的で、
皇帝は選帝侯と呼ばれる有力な領主たちによって
選出されていました。

当時のドイツ語圏の中心地ウィーンの一強ではなく、
地方分権的であったことで、
個性豊かな優れた人材が地方で生まれました。

州ごとの独自性はいい意味でのプライドとなって
それぞれに誇りがあるというのが
ドイツの特徴だと思います。

戦後のドイツは、中央集権制度の反省から
国家制度を整えていきました。

その結果、現在のドイツは
再び分権性の強い連邦国家となりました。

■北欧

フィンランド以外の北欧三つの国は言語的にも近く、
スウェーデン語とノルウェー語は方言ぐらいの違いです。

フィンランドだけはウラル語。

北欧はまた、
「エコ先進国にして福祉国家、シンプルな暮らし」
というプラス面が強調されていますが、
民族的な問題も抱えています。

差別されているのは、先住民族サーミ人。

フィンランドと同じウラル語族であり、
狩猟やトナカイの遊牧をしていました。

■コスモポリタン

「ヨーロッパで本当にコスモポリタン(世界主義)である国はどこか?」

まずは、他民族を迎え入れるハプスブルク家の
DNAを持つオーストリア。

ウィーンは、今でも
ヨーロッパ有数の文化と芸術の街であり、
コスモポリタン的なものを持っています。

永世中立国であり、国際機関を多く持つスイス。

西ヨーロッパでも最高レベルの多言語国家です。

EUの主要機関があるベルギーもコスモポリタンな国。

北欧にもコスモポリタンな要素を持つ国があります。

それはノーベル賞を主導している
スウェーデンとノルウェー。

小さな国であり、大国のネットワークに属することもなく、
一歩引いて世界を見るというマインドを持っています。

「世界の民族」超入門

フランス革命で、フランス語を
統一の旗印にしたということですが、
民族という観点からみたときに、
言語は、非常に重要だと考えます。

言語は、考え方に直結するので、
その文化で考えたことのない概念は、
そもそも言葉がないですし、
その文化にとって、重要な概念は、
その小さな差異を表す言葉を
たくさんもっています。

言語を他の言語に置き換えてしまうと、
もともと持っていた意味が
失われてしまいます。

日本でも同じことが明治維新で行われました。

江戸時代は、藩がひとつの国でもあったので、
言語もルールもまちまちでした。

それを標準語という形でまとめたのです。

が、これがうまくいったがゆえに、
やりすぎてしまい、反感を食らったのが、
その後のアジアへの侵攻だったと思います。

日本がアジア諸国に侵攻した際に
進めたのが、日本語教育です。

シンガポール国立博物館の展示では、
この日本語教育についての反感を
強く感じました。

特に、日本統治下では、
食糧入手が困難な貧しい環境を強いられたので、
より反感を買ったのだと思います。

言語を押し付けるということは、
やってはいけないのだと学びました。

やるべきなのは、
その言語を学びたくなるように
文化を魅力的にすることです。

そうすれば、自発的に言語が広がっていきます。

コスモポリタン国家の特徴は、
誰もが複数言語を使えることです。

もう一つ興味深かったのは、
ドイツが戦後、中央集権制度を反省し、
連邦制度を強化したことです。

日本の人口の多さを考えれば、
政治制度のあり方も、
もっと地方が力をもったほうが、
住みやすくなるのかもしれません。

あなたは、どんな言語、方言を使うことができますか。

20220414 西ヨーロッパ_「世界の民族」超入門(5)vol.3378【最幸の人生の贈り方】

東ヨーロッパの民族

■東ヨーロッパ

ロシア、ベラルーシ、ウクライナが
東スラブ人が多く住む国。

セルビア、クロアチア、スロベニア、
ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロには
南スラブ人が多い。

「ユーゴスラビア」という言葉自体が
南スラブを意味します。

チェコとスロバキア、ポーランドは
西スラブ人が主な国です。

チェコまで行くとスラブ系といっても
ロシアよりもドイツのほうが
歴史的・文化的な影響が強いといえるでしょう。

ルーマニアのようにラテン系の国もあります。

また、ハンガリーのようにウラル語族の国もあります。

宗教でいうと、ポーランド、クロアチア、スロべニアは
カトリック。

セルビア、ブルガリア、ロシアは正教会が多数です。

■ポーランド

14世紀頃にはヨーロッパの強国であったポーランドは、
ドイツ系、ユダヤ系の移民を多く受け入れ、
ハンガリー、ウクライナへと領土を拡大しながら、
16世紀にはポーランド・リトアニア共和国と
なっていきます。

主流はカトリックとはいえ、
広大な領土だったポーランド・リトアニア共和国には、
異なる宗教を持つ多くの民族が住んでいました。

18世紀の終わり、ウクライナに住むコサック人、
リトアニアに住むイスラム系のタタール人に
独立の機運があり、国は弱体化していきます。

さらに、大国ロシアとの戦争に敗れます。

結局ポーランドは、ロシア、オーストリア、プロイセン
という〝強すぎる隣人たち〟によって
1795年に三つに分割されます。

その後、第一次世界大戦でドイツ帝国が敗戦したことで、
ポーランドは復活しました。

第二次世界大戦が起こると、
今度はヒットラーとスターリンのパワーゲームの獲物となり、
再び分割されました。

「ポーランド」という言葉は
「平坦な土地」というニュアンスのスラブ語。

それは、現在「EU有数の農業国」として
成功している好条件でもありますが、
乱世にあっては「簡単に攻められる国」という
地理的な悪条件でした。

■ハンガリー

ハンガリーの86%は
ウラル語族のマジャール語(ハンガリー語)を
話すマジャール人(ハンガリー人)です。

かつてヨーロッパを席巻した
オーストリア=ハンガリー帝国の末裔。

東ヨーロッパよりも、
ドイツやオーストリアに親近感があります。

東ヨーロッパの多くの国と違って
スラブ系でないところから、
感覚としてはオーストリアやドイツに近いようです。

在外ハンガリー人は世界に
200万人以上いるとされます。

また、ハンガリーの民族問題で忘れてはならないのは
現在のインドから15世紀以降に移住してきた、
ロマの人々です。

ジプシーと呼ばれてきたので、
放浪者などといった偏見がありますが、
現在は定住者も多くなりました。

■ギリシャ

ローマ帝国よりも古い古代ギリシャの血統を
引き継ぐのがギリシャです。

ギリシャ語は極めて古い言語で、
ラテン語以前は国際語でした。

ギリシャがようやく国としてまとまるのは
19世紀になってからです。

第二次世界大戦ではドイツ、イタリア、
ブルガリアに占領され、
戦後もロシアの影響からくる共産主義と
王党派の対立から内戦が多く、
軍事独裁政権も長く続きました。

■ユーゴスラビア

第二次世界大戦終了後、
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、
セルビア、クロアチア、スロベニアだけでなく、
ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ
という共和国の連合体となりました。

「六つの共和国、五つの民族、四つの言語、
三つの宗教、二つの文字」という複雑さ。

さらにセルビアのなかには
ヴォイヴォディナとコソボ自治州がありました。

ギリシャ、ブルガリア、そしてユーゴスラビアのある
バルカン半島は、
「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれる紛争の多い場所。

1990年代に入るとクロアチア、
続いてスロベニアが独立を望み、
ユーゴスラビア紛争が始まりました。

続いて、ボスニア・ヘルツェゴビナが独立を求めます。

紛争が泥沼化するなか、
セルビア内コソボ自治州に住むアルバニア人が
独立を求めて蜂起しました。

バルカン半島の紛争は、
ヨーロッパ・カトリック(クロアチア人)VS
スラブ・正教会(セルビア人)VS
中東・イスラム教(ボスニア・ヘルツェゴビナ、アルバニア)の
三つ巴でもありました。

世界の紛争の縮図にも思えます。

国連、EU、NATOも介入したすえ、
2006年にモンテネグロが独立したことで
ユーゴスラビアは完全に解体されました。

ユーゴスラビアの多民族国家を運営できたのは、
ヨシップ・ブロズ・チトー終身大統領の力に
よるものです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ユーゴスラビア社会主義連邦共和国#多様性を内包した国家

チトーの指導の下、ユーゴスラビアの標語であり
そして政治概念である「兄弟愛と統一」は、
民族間の緊張緩和のために国家の要として導入された。

「兄弟愛と統一」は、
「ユーゴスラビア人」(南スラヴ人)は民族的に同質であり、
外国による支配の下で単に宗教によって
分けられていたに過ぎないものであるとする概念であった。

1980年5月5日、チトーは没し、
その死は公営放送によってユーゴスラビア全土に伝えられた。

その死はユーゴスラビアにとって衝撃的であった。

チトーは第二次世界大戦における
反ファシズム闘争の英雄とみなされており、
戦後のユーゴスラビアの指導的な人物であり
ユーゴスラビアの象徴であった。

チトーを失ったことでユーゴスラビアは一変し、
多くの人々がその死を悲しんで泣いた。

チトーの死後、民族主義は再びユーゴスラビアで勢力を増した。

また、別の機会に、チトーの生涯について、
調べてみようと思いました。

多民族国家の運営は、決して簡単ではなく、
だからこそ、どのように運営していたか、
とても興味があります。

戦後、ソ連とは距離を置き、
東西冷戦の中、中立を保っていたようです。

カリスマ性はもちろんですが、
バランス感覚もとても優れていたようです。

ポーランドについては、
小学校のときに、キュリー夫人の伝記を読んで、
その存在を知りました。

キュリー夫人がポーランドの学校の授業中、
ロシア軍が視察に来た時に、
ロシア語を流暢に話すことで難を逃れたという
エピソードが、強烈に記憶に残ったのです。

ポーランドの第二次世界大戦での犠牲者は、
総人口の5分の1を数え、
世界最高の比率だとのこと。

今、ウクライナからの難民を
最も多く引き受けている国でもあります。

あなたは、多民族をまとめるためには、どのようなことが必要だと考えますか。

20220415 東ヨーロッパ_「世界の民族」超入門(6)vol.3379【最幸の人生の贈り方】

ロシア・旧ソ連の民族

■ロシア

現在のロシアは14の国と陸地で国境を接しています。

巨大な国土と多くの国々と接する国境線の存在は、
他国との安全保障上の問題が生じやすくなります。

長い国境線と北極海に囲まれているこの閉塞感が
ロシアの対外的な恐怖感につながり、
対外的に強いリーダーを求める要因に
なっていると私は考えています。

モンゴル系で中央アジアなどを支配する過程で
同地域に多かったイスラム教に改宗した人も
たくさんいます。

これがロシアにいるモンゴル系、
今でいうタタール人にイスラム教徒が
たくさんいる理由です。

スラブにモンゴル系が溶け込んで
文化的に豊かになった一方、
ロシア人に西ヨーロッパへのコンプレックスが
生まれました。

ヨーロッパの一員であると自認するにもかかわらず、
中心部から遠く離れた距離感によって
ヨーロッパ諸国からアジア的とみなされています。

広大な国土を持ちながら、
ロシアには方言がありません。

少数民族への差別はありますが、
だからこそ「非ロシア人のほうが大学に入りやすい」
といわれるほど、少数民族を優遇する政策も
取られています。

これは難しいことで、ロシア人からすると
「少数民族は優先されていてずるい」となり、
少数民族からすると
「多少優遇されても差別されているし、
ロシア人に抑圧されている」となります。

■ベラルーシ

旧ソ連だったほとんどの国では
「ロシアは大嫌い!」と意見が一致しますが、
ベラルーシはロシア寄りとされてきました。

ベラルーシという言葉は
「何もない平らなロシア」という意味で、
白ロシアとも呼ばれていました。

それだけに、文化的には
ほぼロシアと一体化しています。

■ウクライナ

ロシアの専門家がいうには、
ウクライナは日本でいう奈良や京都のような存在であり、
「いろいろあって国が分かれたけど、
やっぱりロシア人の本拠地だ」という思いが
ロシアにもあります。

ソフィア大聖堂など正教会の
重要な教会もあるウクライナが、昨今、
西ヨーロッパ寄りの国になっているのは、
「おいおい、文化も宗教も同じ仲間なのに、
何やってるんだよ!」というのが
ロシアの思いではないでしょうか。

しかし、ウクライナからすると、
「自分のほうがロシアの元祖であり、
ロシアよりもヨーロッパ的で洗練されている」
というプライドと、
「ロシアと私たちは別です」という主張があり、
微妙なところです。

■クリミア

2014年、ウクライナ領だったクリミアが
ロシアに併合されたことは、
記憶に新しいでしょう。

しかし、歴史を遡るとクリミア半島は
ロシア系の人々の土地ではありません。

オスマン帝国の影響が強く、
タタール人が多いなど、
多民族的な要素を備えています。

ソ連に組み入れられた時から、
住民の抵抗があったことは
想像に難くありません。

■チェチェン

クリミア以上に問題となり、
ロシア国内でタブーとなっているのは
チェチェン共和国の問題です。

コーカサス出身のイスラム教徒であるチェチェン人は、
「自分たちはロシア人ではない」と主張しています。

90年代には第一次、第二次チェチェン紛争が起こります。

イスラム過激派組織が参入したテロも起こり、
いまだ解決を見ていません。

チェチェン人の国籍はロシアであっても、
彼らの認識では断じてロシア人ではなく、
忌み嫌っているといえます。

■コーカサスと中央アジアとアルメニア

カスピ海の西側コーカサスは、
インド・ヨーロッパ語族の発祥だともいわれている、
民族の十字路のような場所です。

●アゼルバイジャン

コーカサスの国でムスリムが圧倒的に多いのは
アゼルバイジャンだけで、トルコ系かつシーア派。

世界でシーア派が多い数少ない国の一つです。

街並みは完全にロシア風でロシア語の看板が
並んでいましたが、アゼルバイジャンは
ロシアが大嫌い。

宗教も異なり、トルコ系なので
スラブとは民族も異なります。

それなのに強権でソ連に組み込まれたために、
1991年のソ連解体の際、
「待ってました!」とばかりに独立しています。

●ジョージアとアルメニア

かつてグルジアと呼ばれたジョージアと
アルメニアは正教会の信徒が多く、
やはりスラブ系でないため、
ロシア人とは距離があります。

2008年に起きた「21世紀初のヨーロッパでの戦争」
といわれる南オセチア戦争は、
ジョージア内の領土オセチアを巡る
ジョージアとロシアの戦いでした。

この問題は、いまだ解決していません。

「ロシアも嫌いだけれど、トルコのほうがより嫌い」
というのが、コーカサスの南に位置する
アルメニアです。

古代から続くアルメニア人の国であり、
ローマ帝国よりも早い301年に
キリスト教を国教化しているという意味で、
「真のキリスト教の一番弟子」といって良いでしょう。

しかし、5世紀にアルメニア王国が崩壊し、
アルメニア人は国を出て世界中に離散しました。

ユダヤ人に次いでディアスポラ(離散)という言葉が
使われるのはアルメニア人だと思います。

その上第一次世界大戦では、
トルコ人によるアルメニア人の大虐殺があった
といわれています。

ロシアもトルコもこれを認めていないため、
今もヨーロッパ政治の大問題として残っています。

●中央アジア

カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、
キルギスはトルコ系のイスラム教徒。

タジキスタンだけがイラン系です。

■バルト三国

エストニアとラトビアにリトアニアを加えたバルト三国は、
ロシア帝国に支配を受けた歴史を持ちます。

バルト三国はスラブ系でもなく、ロシア正教でもなく、
それぞれ違う個性を持ちます。

エストニアはフィンランドに近いウラル語を
話す人々が住むプロテスタントの国。

ラトビアはドイツの影響が強いといわれ
ドイツ系の職人も多くいます。

彼らが話すのはインド・ヨーロッパ語族のバルト語です。

プロテスタント系が多い国ですがカトリックもいます。

リトアニアもバルト語ですが、カトリックの国。

隣接する小国だからといって「バルト三国」と
一括りにしてはならない、
それぞれに個性豊かな民族性がある国だということ。

たまたまロシア・ソ連に支配されて
非常に屈辱的な思いをしたということが、
この三つの国の最大の共通項です。

現在もロシアが嫌いですから、
バルト三国は揃ってEUに入り、
通貨もユーロを用いています。

■ロシアと他民族

かつてソ連を構成していた国々は、
支配された歴史ゆえに、
対ロシアの国民感情は基本的にネガティブです。

西ヨーロッパの国々は、
かつて敵対した関係と専制的な政治のロシアに
あまりいい感情を持っていません。

トルコ人もロシアの南下政策によって
徐々に領土を奪われたので「ロシア嫌い」です。

前述した通りウクライナは身内に近いものの
「近いから憎い」間柄で、
ロシアが好きなのはロシア自身と
ベラルーシくらいといわれるのは、
案外、あたっています。

しかし、ビジネスパーソンが
決して見逃してはいけないのは、
ロシアが持つ他民族への寛容さです。

非ロシア人を受け入れてきた歴史があります。

たとえば、ソ連の父たるスターリンは、
ジョージア出身。

非ロシア人であっても出世し、
長らくソ連のトップの座にありました。

ジョージアの元大統領シェワルナゼは、
ソ連時代にはソ連の外相を務めていました。

そしてロシアは、他民族が住む他国を
衛星国として支配したことで
「苦い揺り戻し」を味わっています。

「このエリアを支配し、ソ連化するためには、
ロシア人の国にしないと」という政策で
移住が奨励され、
たくさんのロシア人が住み着き、
国や州の要職につきました。

ところがソ連崩壊後に異なる国になってしまった際に
立場は逆転し、彼らは突然
「私たちの国に住む、ロシア人という少数民族」
になってしまったのです。

「日本のビジネスパーソンは、ロシアの人たちと、
今後どうつきあって行くべきか?」
という質問を時折受けますが、ここまで述べたように、
「十把一絡げにしないほうが良い。
個人としてていねいに接すること」
というのが私の答えです。

日本贔屓のロシア人も多く存在します。

ロシア人は民族的な偏見があまりなく、
その象徴的なエピソードとして、
江戸時代、相当な数の日本の漁師が、
漂流民としてロシア支配下の
千島列島やカムチャッカに渡っています。

鎖国している日本には帰国できないわけですが、
漂着した日本人の多くはロシア人と結婚しており、
その子孫もロシアにいます。

ベラルーシが気になったので、調べてみました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/belarus/data.html#section1


民族は、
ベラルーシ人(83.7%),ロシア人(8.3%),
ポーランド人(3.1%),ウクライナ人(1.7%)

公用語はベラルーシ語,ロシア語

宗教は、
ロシア正教(84%),カトリック(7%),その他(3%),無宗教(6%)

政治は、
ルカシェンコ大統領が1994年の初当選以降,
5期20年以上にわたって現職。

2015年1月には,対外統一市場の形成,
域内の人・モノ・サービスの自由を発展させる狙いで
ユーラシア経済同盟が発足。

現在加盟国は,ベラルーシ,ロシア,カザフスタン,
アルメニア及びキルギスの5か国。

ベラルーシは,1986年4月の
チェルノブイリ原発事故による最大の被害国とされ,
現在も国土の17~18%が汚染,
国民の約12%が汚染地域に居住している。

東日本大震災及び福島原発事故以降,
仙台や福島の子どもたちのベラルーシ訪問など,

チェルノブイリ関連での民間交流が活発化。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ベラルーシ

<<<<<<
歴史を見ると、
9世紀にポロツク公国が成立し、
これがベラスーシの始まりとされています。

14世紀から、18世紀まではポーランド化が進むものの、
1795年のポーランド分割で、
ロシア帝国に併合されます。

第一次世界大戦後、西半分がポーランドに割譲され、
第二次世界大戦で、領土が戻ってきました。

戦後、ポツダム宣言で、ソ連領ベラルーシ共和国となり、
ポーランド系住民は西方へ追放されたとのこと。

そして、ソ連崩壊とともに独立しました。

2022年2月27日には、
に憲法改正の是非を問う国民投票が行われ承認され、
改憲案ではベラルーシを「中立国家」及び「非核地帯」とする
条文が削除されたそうです。

そのほかに現在の大統領通算任期を「リセット」、
2035年までの続投が可能となり、

在任中の「免責特権」も付与されました。
>>>>>>

ルカシェンコ大統領の独裁政権がまだ続きそうです。

ベラルーシの国民投票も
現在の世界情勢に大きな影響を
与えますね。

そして、フィンランドとスウェーデンが
NATOに加盟申請するという
ニュースも流れてきて、
分断が進んでいるようで、残念です。

あなたは、分断を減らすために、どんなことが必要だと考えますか。

20220416 ロシア・旧ソ連_「世界の民族」超入門(7)vol.3380【最幸の人生の贈り方】

中東の民族

■中東

北アフリカを含む中東には何十もの民族が
複雑に暮らしているかというと、
そうでもありません。

あれだけ広大な地域に5億人以上もの
人口がいるわりには、
アラブ人、トルコ人、イラン人、
そしてイスラエルに住むユダヤ人、
さらにトルコやイラク、イランの領土に居住するクルド人で
ほぼ中東の主要な民族プレイヤーは
網羅されてしまいます。

宗教についていえば、イスラム教が多数を占め、
少数派としてキリスト教とユダヤ教が存在するという、
比較的わかりやすい構成です。

イスラム教のなかにはスンナ派とシーア派が、
キリスト教のなかにもさまざまな宗派がありますが、
ヨーロッパ、インド、東南アジアに比べれば、
中東の宗教分布が特に複雑とまではいえません。

●アラビア語

「アラビア語は特殊な言葉」と日本の人はいいますが、
世界では4億人に使われている言語であり、
全世界18億人のイスラム教徒にとって
コーランに書かれている聖なる言語。

世界から見れば、マイナーで特殊なのは
日本語のほうです。

■イラン

中東の民族は、まずは大きく
「アラブ人・イラン人・トルコ人」の三つに
分けて考えるといいでしょう。

イラン人は主にペルシャ民族であり、
もとはインド・ヨーロッパ語族に属する民族。

イランを理解するヒントは、
そのプライドの高さにあると私は考えています。

「我々は中東最古の歴史あるペルシャ民族であり、
アケメネス朝ペルシャは約1000年続いた。
古代ギリシャと覇権を争った国だ」

■トルコ

トルコ人の起源は、中央アジアの遊牧民だった
テュルク系民族。

しかし、世界の大国であったゆえに
さまざまな民族が混ざりあい、
今日のトルコ人となっています。

13世紀の終わりに頭角を現したのが
西アジアにあったオスマン朝。

15世紀にはコンスタンティノープルが陥落し、
イスラム世界の宿敵だった東ローマ帝国が滅亡。

15世紀から16世紀の中東、北アフリカ、ヨーロッパ
と中央アジアにかけての広い地域は、
ハプスブルク家とオスマン帝国が
二大帝国として大きな影響を与えていました。

トルコ語は中央アジアで主に使われている
アルタイ諸語族ですが、
アラビア半島で使われているアフロ・アジア語族の
アラビア語の影響をかなり受けています。

■クルド人

オスマン帝国が崩壊して
トルコ人によるトルコに変わった時、
属する国を失った民族がクルド人。

「国を持たない最大の民族」と称され、
人口は推定で三千数百万から四〇〇〇万あまりというのは、
アルゼンチンやウクライナとも
大差ない一国ぐらいの人口です。

クルド語は、言語としてはイランに近い
インド・ヨーロッパ語族。

クルド人のなかには、イスラム教徒が多く、
ほとんどはスンニ派です。

イラン、イラク、トルコ、シリアの国境を跨ぐ一帯に
クルディスタンと呼ばれる居住区がありますが、
必ずしも平和に暮らせてはいません。

イラン・イラク戦争の際は、
どちらの国も敵を撹乱するためにクルド人を利用。

88年にはイラク軍によって
5000人のクルド人が虐殺されました。

2011年にシリアの内戦が始まると、
クルド人も自治を求めて参戦。

2019年にはシリアのクルド人自治区をトルコが攻撃。

そして過激派組織のISとも無縁ではいられず・・・

オスマン帝国の末裔であるトルコ人は、
本来は多様性を特徴とする民族にもかかわらず、
近代の国民国家としてのトルコ成立後は、
他民族を排除することになってしまいました。

「民族のための国」というのは理想的に響きますが、
マイノリティが居場所を失うという問題を
常に孕んでいることを忘れてはいけません。

■アラブ人

アラブ人のルーツは、
主にアラビア半島に住んでいた遊牧民。

現在、アラブ人とは
「アラビア語を使い、アラブ文化を持つ人。セム系の民族」
と一般にいわれますが、
当てはまる人があまりにも広範囲なために、
その定義は難しいものです。

アラブ人に共通する誇りは、
「アラブ人こそイスラム教の発祥であり本家本元」というもの。

アラブ人であれば、国が違おうと、
部族語や方言を用いようと、
標準語としてのアラビア語、すなわちフスハで
書かれているコーランを理解することができます。

アラブ人が抱く「アラビア語は非常に美しい神の言葉である」
という誇りを、決して軽んじてはいけません。

さらにアラビア文字は書いても美しいとされ、
書道が芸術文化になっています。

イスラム教は偶像崇拝を禁じていて、
神の姿形は描けない。

だからこそ、神の言葉を記す文字を美しく書くことを
大切にしています。

■北アフリカ

北アフリカはイスラム文化圏として
中東と一緒に考えたほうが
民族を理解しやすくなります。

「マグレブ地方」と呼ばれる北西アフリカのうち、
チュニジア、アルジェリア、モロッコは、
独自の文化を持っています。

この地方では、
家族間では地元の方言のアラビア語を用いますが、
多くの人が標準アラビア語とフランス語も話せます。

フランス植民地だった影響も強く残っていますが、
日本人ビジネスパーソンが押さえておきたいのは、
「モロッコはオスマン帝国の支配をほぼ受けていない」
ということ。

12世紀から15世紀までは
ベルベル人によるイスラム国家・マリーン朝が
モロッコを支配していました。

ベルベル人とは、アラブ人がくる前から
北アフリカに居住する先住民族です。

19世紀になると列強に攻め入られ、
最終的にはフランスの植民地支配を
受けることになります。

アルジェリアもベルベル人が多い国ですが、
オスマン帝国の支配を受けていました。

チュニジアも「ベルベル人とアラブ人がいるイスラムの国で、
オスマンの支配を受けた」という意味では
アルジェリアと似ていますが、
同じ括りにならないのは、
なんといっても古代には
フェニキア人の国・カルタゴがあったこと。

■エジプト

エジプトは民族的にはアラブ人の国です。

「エジプトはアラブの盟主」と
一般にいわれている理由はいくつかあり、
理由その1は、地理的にアラブの真ん中にあること。

新たな都市カイロにはナイル川があったので
交通の要所として栄え、首都になった——
これが理由その2。

「カイロは栄えているから、
ここにイスラム神学を学ぶマドラサ(学院)を作ろう」
と学校が設立されたのが、理由その3です。

972年に作られたこのマドラサが
現在のアズハル大学であり、
世界最古の大学の一つです。

アズハル大学は、現在でもイスラム法学における
最高権威とされています。

エジプトがアラブ世界の中心になった理由その4は、
メディアとエンターテイメントの中心であること。

そして最大の理由であるその5は、人口が多いこと。

エジプトはオスマン帝国支配と
イギリスの保護国の歴史があるものの、
極端な植民地的収奪を受けていません。

他国に利用されてこなかったために
ある程度は自由でいられたから、屈託がない。

■シリアとレバノン

リアとレバノンは、もともとローマ帝国に支配された地。

オスマン帝国の支配も受けていますが、
その後フランスの委任統治領であった歴史があるため、
アラブ世界にあってはヨーロッパ的です。

アズハル大学が、現存する世界最古の大学の一つだと
知りませんでした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アル=アズハル大学
もともとは、シーア派の学府として発足し、ギリシャ哲学も研究していたようです。

しかし、13世紀にスンニ派に宗旨替えしたとのこと。
このときにシーア学派の何万冊もの蔵書を
売却もしくは破棄処分しました。

紙しかない書籍は、処分するとなくなってしまいます。

そう考えると、電子化されている現在は、
とても恵まれていると感じます。

もう一つ学んだのは、
アラビア文字の書道が芸術文化になっているとのこと。

調べてみると、日本にもアラビア書道の第一人者がいました。
本田孝一氏。

作品は、とても美しいです。

美しい文字は、言語を問わず、
人を魅了するのだなあと思いました。

あなたは、中東の文化から、何を学びますか。

20220417 中東_「世界の民族」超入門(8)vol.3381【最幸の人生の贈り方】

アフリカの民族

■アフリカ

アフリカの民族はあまりにも細かく多数であるため、
地理的な三つの視点で整理することにしましょう。

視点その1は、北アフリカとサブサハラで線を引いてみる

視点その2は西と東で線を引いてみる

●西海岸

アフリカ西海岸はかつて「奴隷海岸」と呼ばれました。

資料によれば、奴隷はアメリカやヨーロッパの人々に
誘拐されたり脅されたりして、
船に乗せられたわけではありません。

「この人たちを奴隷として輸出しよう」
と欧米と取引をしたのは、
地元アフリカの黒人だったのです。

支配者層だった彼ら——おそらくほぼ男性だったと思われます——は、
ヨーロッパの白人ほどではないにせよ、
奴隷貿易で大儲けをしました。

同じ社会に生きているにもかかわらず、
外国人と結託して貧しい人々を売り払った支配者層が
存在したという事実は、
人の心に強い不信感を植えつけたのではないでしょうか。

「支配者層は自分たちを搾取し、略奪する存在だ」と。

同胞に対する不信感、権力者への信頼の欠如が
アフリカ西海岸には強い。
これが私の仮説です。

●東海岸

東海岸はむしろインドの影響が大きく、
「印僑」というインド商人との交流がありました。

また、オマーンの商人が沿岸部に多く住むなど、
貿易を通じたアラブの影響も強い。

視点その3は、どこの植民地だったかということ。

フランスは北アフリカの3カ国と
セネガル、マリ、コートジボワール、カメルーンなど
西アフリカの多く。

イギリスはナイジェリア、ガーナ、南アフリカなど。

ポルトガルがアンゴラやモザンビーク。

その他、ベルギーとイタリアもアフリカを支配し、
エチオピアは独立を維持しました。

以上の三つの視点に加えて、
南アフリカには白人が多いことも
押さえておきましょう。

奴隷貿易の負の資産が、
「同胞に対する不信感、権力者への信頼の欠如」
というのは、とても残念なことです。

信頼感がベースにある社会に
生まれ育つのと、
不信感がベースにある社会に
生まれ育つのとでは、
雲泥の差があると思います。

日本の歴史でも、キリスト教の布教とともに
日本人奴隷が輸出されることがあり、
これを阻止したのが、豊臣秀吉でした。

不信感ベースの社会を
作らずに済んだのではないでしょうか。

中東にしろ、アフリカにしろ、
勝手に国境線を設けられたのが、
悲劇を生んでいます。

子どものころ、はじめてアフリカの地図を
見たときに、なぜ、国境線が真っ直ぐなのか、
疑問に思いました。

子どもでも思うのですから、
おかしなことですね。

また、文字を持たない言語の弱さというのも
改めて実感しました。

日本語は、漢字を流用、アレンジして、
使ったことにより、
結果的に長く残る言語になったのだと思います。

ラッキーだったと言えるかもしれません。

インドの人口増大の次の時代に、
人口が増えるのは、アフリカです。

そのときまでに、信頼をベースとした社会が
構築されているのが、
世界全体にとっても大切なことだと、
感じました。

あなたは、アフリカの歴史と現状から、何を学びますか。

20220418 アフリカ_「世界の民族」超入門(9)vol.3382【最幸の人生の贈り方】

北米の民族

■アメリカ

カマラ・ハリスがアメリカ第49代副大統領に就任した際、
女性初の副大統領であることだけでなく、
民族的・人種的バックグラウンドにも
注目が集まりました。

ジャマイカ系の父とインド系の母を持つ、
アフリカ系にしてアジア系アメリカ人。

配偶者はユダヤ人です。

人種や民族を超えた結婚を
「インターレイシャル・マリッジ」といいますが、
彼女の父母も、彼女自身も
インターレイシャル・マリッジです。

ロイターによると、
アメリカはインターレイシャルな結婚が、
6人に1人の割合になります。

インターレイシャルなバックグラウンドを持つ人であれば、
いろいろな人を理解する下地があります。

そんな彼らが政治家やリーダーになれば、
ダイバーシティ推進に役立つと考えられます。

南北のアメリカ大陸を考える時、
「インターレイシャル」というのは
一つのキーワードになると私は思っています。

「なぜ、アメリカはイギリス系の移民が中心に
建国した他の国に比べて、人種問題が大きいのか」

私のなかでこれは長年のテーマであり、
いろいろな人と議論を重ねてきました。

比較的黒人の人口比率が高いということは
理由の一つになると思いますが、
その他にたどり着いた仮説が、
「国家の成り立ちに奴隷制が
深く関わっているからではないか」
というもの。

西欧的なものが何もない土地に
ヨーロッパ系の移民が思い描く国を作るには
労働力が不可欠で、その担い手が黒人奴隷だった——
その意味で、黒人はアメリカ社会の
重要な一部分だったという歴史があります。

ところが南部の大農園の農場経営者にとって、
何人奴隷がいるかは収益に直結しており、
今の会社経営でいうと、
奴隷は売上原価にほとんどならないローコストです。

給料は限りなくゼロに近く、
福利厚生も労働条件もないので人件費は最小限。

奴隷として「購入」した時の代金だけで
後は減価償却となるのです。

そして、自らの意思と関係なく
無理やり売られてきて働かされた黒人たちは、
自分の意思で働く労働者ではなく
まさしく強制的に調達された奴隷だったのです。

アメリカの国力が増すにつれて
労働力のニーズは増え続け、
奴隷として強制的に連れてこられる人は
増加していきました。

17世紀初頭から200年も「奴隷」として強制連行され、
人権ゼロの立場に置かれた人たちの苦しみは、
簡単に癒えるはずがないでしょう。

アメリカはアフリカと並んで、
奴隷制の爪痕が深い地域といえます。

それがアメリカの根深い人種問題であり、
近年表面化したのが、ブラック・ライブズ・マターなのです。

2020年のアメリカ国勢調査では、
白人が57・8%、中南米系は17・4%、
黒人12・4%、アジア系5・2%という分布です。

白人は少数派に転落していきます。

■カナダ

カナダは200以上の民族と
毎年20万人の新規の移民を抱える国です。

先住民族イヌイットが住んでいた新大陸に
ヨーロッパ人が入植したところまでは、
アメリカと似ています。

フランス植民地だったところに、
独立戦争に敗れたイギリスの王党派が入植し、
連邦国となったのが今日のカナダです。

アメリカとの相違点は、
アメリカと比べて人種差別が激しくないこと。
そして、排外的な動きは部分的に留まることです。

人種差別が少ない理由その1は、
奴隷制度の爪痕の影響がほぼないこと。

理由その2は、
フランス文化圏が強固に存在していること。

ケベック州など国の半分はフランス文化圏で、
これがカナダが多文化志向になっていく源です。

カナダは1960年代終わりから
積極的に移民受け入れを始め、
1970年代からは国家としても
多文化主義を打ち出します。

1997年に香港がイギリスから中国に返還されると、
多くの香港人がカナダに移住しています。

カナダの民族として、北部諸州に住む
イヌイットも忘れてはいけない存在です。

アメリカの人種の州別分布を調べてみました。

Race and Ethnicity in the United States: 2010 Census and 2020 Census
View how race and ethnicity have changed by state from the 2010 Census and 2020 Census.

2010年から比べると、白人の割合は、8.6%減少。

8州を除いた州で、白人の割合は減少しています。

アメリカで人種はどのように認識されているか。
興味深いです。

2019 Population Estimates by Age, Sex, Race and Hispanic Origin
Population estimates by demographic characteristics .

・White 
 白人
・Black or African American 
 黒人またはアフリカ系アメリカ人
・American Indian and Alaska Native 
 アメリカン・インディアンとアラスカネイティブ
・Asian 
 アジア人
・Native Hawaiian and Other Pacific Islander 
 ネイティブ・ハワイアンとそのほかの太平洋島民
でそれぞれ区分された中で、
ヒスパニック出身かどうかの数字が
挙げられています。

なぜヒスパニックは、それぞれの区分に
包含されているのか、私にはわかりません。

カマラ・ハリスさんが副大統領になったのは、
多様性という観点からみると、
とてもすばらしいですね。

活躍の様子は、日本にはあまり伝わっていません。

ホワイトハウスのページはこちら。

Kamala Harris: The Vice President
Kamala D. Harris is the Vice President of the United States of America. She was elected Vice President after a lifetime of public service, having been elected D...

カナダは、多民族に寛容だと、感じています。

カナダ、シンガポール、インドが、
うまく多民族を融合させているという印象です。

さまざまな歴史が絡み合って、
民族の対立を引き起こすか、
融合につなげられるか、
結果は大きく異なり、とても学びになります。

あなたは、他の人種や民族と、どのように関わりを持っていますか。

20220419 北米_「世界の民族」超入門(10)vol.3383【最幸の人生の贈り方】

中南米の民族

■中南米

北米と中南米が大きく違うのは、
王国などがあったために先住民の数が多かったこと。

殺戮と疫病によって人口が10分の1に
激減した地域もありますが、
多数の先住民が生き残り、
ヨーロッパ人と通婚したこと。

「新大陸を発見し、移民が増えた」というのは
ヨーロッパの側の言い分にすぎず、
「ヨーロッパ大陸から侵略者・略奪者がやってきた」
というのが中南米の先住民の言い分でしょう。

人類の歴史を俯瞰すると
さまざまな戦争や略奪、殺戮がありました。

しかし、規模や特定の人種や民族に対する人権侵害、
現在への影響という点で捉えた時に、
人類史で最も恥ずべき汚点は何かと考えてみると、
アフリカの黒人に対する奴隷貿易、
中南米の先住民に対する土地の略奪と殺戮、
ユダヤ人に対するホロコーストが
該当するのではないかと私は思います。

●中南米と中東

私から見ると、中南米と中東はよく似ています。

中南米と中東の共通点その1は、
大まかに見れば、言語と宗教がほぼ共通であること。

中南米はスペイン語、中東はアラビア語と、
それぞれが大きな影響力を持つ地域の大言語です。

宗教もイスラム教とカトリックという
単一の宗教が有力です。

共通点その2は、大国の行政区域だったこと。

中南米はスペイン、
中東はオスマン帝国の行政区域でした。

世界の覇者だった頃のスペインもオスマン帝国も、
広大な土地のすべてを掌握し、
中央集権に徹することは不可能でした。

そこである程度は地域を分割統治していました。

それがだんだん行政区域になり、
今日の独立国となっています。

中南米と中東の共通点その3は、
欧米との距離感。

欧米に支配されたり略奪されたりした反発は、
欧米との心の距離感を生みました。

●人種差別が少ない融和的な3つの国

「世界で人種差別が少ない融和的な国を
挙げるとするとどこですか?」

世界の国々を知り尽くした大前研一さんは、
あくまで参考例としてでしたが
三つの国を挙げてくれました。

一つは前述のカナダ。その次に挙げたのがシンガポール。
もう一つはブラジルでした。

■ブラジル

ブラジル人は人種を
なかなか明言しにくいといわれています。

あらゆる血が入っているので、
自分自身でも把握しきれないということのようです。

ブラジルには20世紀初めから
100万人の日本人が移民として入植し、
今も200万人の日系人がいます。

彼らも大変な苦労をしていますが、
それは貧しさからスタートした激しい労働の苦労であって、
人種的な差別や迫害ではなかったようです。

日系ブラジル人であっても三世くらいになると、
「私たちは日本人だ」というアイデンティティを
強く持つ人はあまりいません。

ブラジルは古い出自にこだわらず、
でも「ブラジル人」として自国を誇り、
愛している国民性です。

ブラジルを植民地支配したポルトガルが、
白人至上主義的ではなかった影響もあるでしょう。

■移民2世3世

日系人のフジモリ大統領を生んだペルーを見てもわかる通り、
中南米は例外的なエリアといえます。

中南米においては、日系人や先住民を含めた
アジア系、黒人に対する偏見が少ないと思われます。

白人が多数派かつ主導的という
アルゼンチンやウルグアイのような例外はありますが、
それ以外の国であれば、
言語や習慣に不自由がない移民2世3世に
可能性はひらけてくる素地があります。

確かに、小学校の社会の教科書に、
「ブラジルは人種のるつぼ」という表現が
あったのを思い出しました。

ブラジルの場合は、人種差別よりも
貧富の格差のほうが課題とのことです。

改めてブラジルについて調べてみると、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/brazil/data.html#section1
・民族:欧州系(約48%),アフリカ系(約8%),
東洋系(約1.1%),混血(約43%),先住民(約0.4%)
・言語:ポルトガル語
・宗教:カトリック約65%,プロテスタント約22%,無宗教8%

貿易相手国を見て、ちょっと驚きました。
(1)輸出
中国(26.8%),米国(12.0%),アルゼンチン(6.2%),
オランダ(5.4%),チリ(2.7%),ドイツ(2.2%)
スペイン(2.1%),メキシコ(1.9%),日本(1.8%)

(2)輸入
中国(26.8%),米国(12.0%),アルゼンチン(6.1%),
ドイツ(5.8%),韓国(3.0%),メキシコ(2.7%),
イタリア(2.5%),日本(2.4%),フランス(2.2%)

アメリカ大陸内の貿易よりも
中国との貿易のほうが多いです。

中南米のGDPランキングは、
ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、コロンビア、チリの順。

気になったので、他国の貿易相手国もチェック。

●メキシコ
輸入全体の約44%、輸出全体の約81%を米国が占める

●アルゼンチン
(1)輸出 ブラジル、EU、中国、米国、チリ
(2)輸入 中国、ブラジル、EU、米国、パラグアイ

●コロンビア
(1)輸出 米国、中国、エクアドル、パナマ、ブラジル
(2)輸入 米国、中国、メキシコ、ブラジル、ドイツ

●チリ
(1)輸出 中国、米国、日本、韓国、ブラジル
(2)輸入 中国、米国、ブラジル、アルゼンチン、ドイツ、メキシコ、日本、スペイン

メキシコは、アメリカの隣国ですから、当然として、
中南米もアメリカの影響力が大きいかと思っていましたが、
貿易でみる限り、中国の影響力も大きいですね。

ブラジルに200万人もの日系人社会があるけれども、
貿易はそこまで大きくないのは、
やはり、地理的距離が原因かと思います。

民族融和は、混血がキーなのでしょうか。

日本の古代、弥生人と縄文人は、
混血を繰り返したとの研究結果もあります。

現代日本人も混血の方が世界的に活躍することで、
日本人についての自己認識が
広がっているように思います。

中南米は、もともと侵略された悲劇の歴史から
はじまっていますが、
人類のあり方としては、学べるところが
多くあるように思いました。

あなたは、南米の歴史と文化から、何を学びますか。

20220420 中南米_「世界の民族」超入門(11)vol.3384【最幸の人生の贈り方】

オセアニアの民族

■オーストラリア

本格的に入植が始まったのは
18世紀のイギリスによるもので、
よく知られているように
当初は囚人の流刑地として使われました。

先住民のアボリジニを迫害しながら一般の入植者も増え、
19世紀半ばにはイギリスの植民地に。

主な産業である金の採掘、羊毛や砂糖の生産のためには、
イギリス人やアイルランド人の移民だけでは足りません。

同じイギリス植民地の住人であるインド人、
そして中国人の移民を受け入れていたのです。

しかし、金の採掘を求めてやってきた中国人移民は、
結束して白人の脅威となります。

中国人だけでなくアジア系移民を排除しようとしました。

こうしてオーストラリアは
白人中心の国家を目指す白豪主義となり、
1901年にオーストラリア連邦が成立するのです。

1970年代に白豪主義が撤廃された途端に、
アジア系移民が激増しました。

イギリスの植民地だった香港やインドから
たくさんの人が移り住み、
ヨーロッパからは意外にユーゴスラビアからの
移民が多いという特徴があります。

中国・香港からのアジア系移民は、
非常に教育熱心です。

「成功するには子どもに教育を与えるのが一番」
という考えで、そのためには
お金も努力も惜しまない親が少なからずいます。

彼らは優秀な大学に行き、
弁護士・会計士といった専門職についたり、
一流企業に就職したりして、
社会の中核を担っています。

オーストラリアのビジネスの現場において
アジア系は珍しいものではなく、
明示的な形で差別されることもほぼありません。

●アボリジニ

アボリジニにもアメリカや中南米の先住民と同じく、
辛い歴史があります。

イギリスの植民地になった途端、
持ち込まれた天然痘や梅毒で大勢が命を落としたのです。

また、「白豪主義」を掲げて
差別的な人種隔離政策がとられました。

「アボリジニは教養もない未開な人間である。
ちゃんとしたオーストラリア人にするためには、
子どもの頃から西洋的な教育を受けさせなければならない」

つまり、アボリジニの親子は引き離され、
子どもたちは収容施設で育てられたということです。

彼らは〝盗まれた世代〟と呼ばれます。

「オーストラリア人にするための教育」というのは建前で、
アボリジニ文化の消滅が主な目的。

収容施設での扱いは虐待やレイプも
珍しくない酷いもので、
成長した子どもたちは白人の農場などの働き手と
なりました。

親と子を隔離するこのやり方も大変に残酷です。

1970年代まで続いていました。

2010年代の半ばくらいから、
オーストラリアで何か行事が行われる際は、
「土地の所有者に感謝と尊敬を捧げる」といった
アボリジニへの言葉を述べることが浸透してきています。

アボリジニ初の閣僚がようやく誕生したのは、2019年。

ヨーロッパ人が到着する前には
推定100万人いたアボリジニが、
わずか100年で推定7万人に激減しました。

■ニュージーランド

人間が住み始めたのは8〜9世紀頃で、
ポリネシア系の民族マオリ人が、
南太平洋からやってきました。

17世紀にはオランダ、
18世紀にはイギリスの探検家が上陸しました。

それをきっかけにヨーロッパ人が次々と訪れ、
疫病でたくさんのマオリ人が亡くなったところは
アボリジニと同じです。

しかし、マオリ人は一方的に虐殺されたわけではなく、
ヨーロッパ人と交易をしていました。

1835年に「ニュージーランド部族連合国」として
国家となり、すぐにイギリス領になりますが、
マオリ人の独立心は強く、
20世紀初めにはイギリス連邦自治領となります。

現在のニュージーランドの民族は、
ヨーロッパ系が70%、マオリ人は15%。

公用語は英語とマオリ語ですが混血も多く、
ヨーロッパ文化とマオリ文化はある程度、
融合しています。

■大洋州

大洋州の島々は、
ポリネシア、ミクロネシア、メラネシアの
三つのエリアに分かれています。

ポリネシアはハワイやニュージーランド。

ミクロネシアはグアム、サイパン、パラオ。

メラネシアはパプアニューギニアやフィジー。

ポリネシアをはじめとする大洋州には、
他の多くの先住民や日本人と同じように、
アニミズム的な宗教観を持つ人々がいます。

環境破壊が進み、
地球との共生が大切な課題となっている時代、
アニミズムは再評価されて良いものだと思います。

オーストラリアについて、改めて調査。

オーストラリアの民族構成は、
住民の80%以上がヨーロッパ系の白人であり、
その他にアジア人が約12%、
アボリジニなどが約2%となっている。

移民は全体の約2割を占め、
出身国はイギリス、ニュージーランド、中国、
インド、イタリア、ベトナムが多い。

最新の貿易相手国を見てちょっと驚き。
1967年から2010年までは、日本が最大輸出国でしたが、
今は、ダントツで、中国が1位。

輸出 4,361億豪ドル 
(1)中国36.4% (2)日本10.7% (3)米国6.3%
輸入 3,608億豪ドル 
(1)中国23.9% (2)米国12.6% (3)日本5.5%
(2020年、財・サービス、出典:外務貿易省統計)

中豪関係ががぜん気になったので、調べてみると、
新型コロナウイルスをきっかけに、
関係が急速に悪化しているようです。

今年3月のニュースでも、
さらに悪化しているという記事を見つけました。

要注意ですね。

次男を含めた家族で、
初めて海外に出かけるのに、
選んだのがオーストラリアです。

理由は、時差が小さいから。

15年以上前のことです。

その旅行の目玉のひとつが、ウルルでした。

当時は、まだウルルに登山することができたのですが、
私は、アボリジニの聖地に登る気になれず、
登らないという選択をしました。

2019年10月25日を以って
観光客の登山は中止されています。

アボリジニの親と子を隔離することで、
文化の消滅を目指していたことは、
初めて知りました。

次にオーストラリアを訪ねる機会があれば、
改めて歴史について見てこようと思います。

家族で次に行きたい海外の国は、
ニュージーランド。

いつになったら、行けるのでしょうか。

出かけた際には、歴史と文化についても
学んできたいと思います。

あなたは、オセアニアの歴史と文化から、何を学びますか。

20220421 オセアニア_「世界の民族」超入門(12)vol.3385【最幸の人生の贈り方】

日本の民族

■アイヌ

他民族・他国とつきあっていくには、
まず自分の国を理解しなければいけません。

アイヌという先住民族について学べば、
自国とその民族について学ぶことにつながります。

そしてそれは、マイノリティについて
理解する第一歩となり、
ダイバーシティにもつながるのです。

明治維新以降、同化政策が強く推進された結果、
アイヌ民族問題が見えにくくなっています。

アイヌはおよそ3万年前から
オホーツク海で暮らす民族。

現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、
千島列島、樺太のあたりで
漁業や狩猟を主として行っていました。

アイヌは和人、ロシアや中国とも交易がありましたが、
常に平和に共存してきたわけではありません。

樺太にいたアイヌはモンゴルと戦っていますし、
和人とも衝突してきました。

特に有名なのが1456年に起きたコシャマインの乱。

現在の青森を拠点にアイヌと交易していた
安東(安藤とも表記される)一族が、
他の一族との戦に敗れ、
今でいう北海道・道南地域に移住しました。

そんななか、アイヌ青年と安東の鍛冶屋がトラブルになり、
青年が殺されたことをきっかけに道南のアイヌが蜂起。

その一帯の首長コシャマインと和人の戦いは1年におよび、
安東一族配下の有力武将だった蠣崎(かきざき)一族が
最終的に勝利しました。

こうして戦国時代には、
和人が道南に影響力を行使するようになるのです。

蠣崎一族は現在の函館を拠点に、
アイヌから安く買った毛皮や海産物を本州に売って大儲けし、
力をつけます。

当時の函館は「松前」と呼ばれていたので
蠣崎から松前に改名し、
江戸時代には松前藩となりました。

明治維新以降、蝦夷地は北海道になりました。

それまで「蝦夷地のアイヌ=国外の異民族」でしたが、
1871年にアイヌは日本国民とされました。

開拓団が大挙して北海道に移住してくるなか、
アイヌは差別されながら
日本人として生きることを強要されたのです。

ロシアと日本が決めた「国境」によって、
ロシア人になったアイヌの人たちもいました。

同化政策の代表的なものは
1899年の「北海道旧土人保護法」。

名称からして差別的ですが内容も酷いもので、
ピアスや刺青といったアイヌ古来の文化・習慣は禁止。

さらに先祖代々行ってきたシカ猟とサケ・マス漁も禁じられ、
慣れない農作業に従事するよう命じられました。

学校教育はもちろんのこと、役所も商店も日本語ですから、
アイヌ語は消えていきます。

さらに住み慣れた土地から政府の都合で
移住させられる人もいました。

アイヌ民族は、現在十数万人程度とも推定されますが、
同化政策や和人との混血のため、
実際の人数は明確ではありません。

日本北部の先住民族だと国連に認められたのが2007年。

アイヌ施策推進法の可決は2019年、
令和になってからの話です。

いかに最近まで蔑ろにされてきたかがわかります。

2020年、北海道に国立アイヌ民族博物館が誕生し、
私は早速、訪ねてきました。

明治政府のもとでアイヌ文化を徹底して調べた
松浦武四郎の功績で、
アイヌ語は北海道の地名としてずいぶん残っています。

「神」はアイヌ語で「カムイ」というなど、
日本語との類似点も多く、
イントネーションやアクセントがフラットなところは、
日本語や韓国語など東アジアの言葉に共通します。

ただし文法的にはかなり異なり、
日本語とは系統が違うアルタイ語族という説が有力です。

■在日コリアン

地理的に非常に近いこともあり、
朝鮮半島と日本には歴史的にも長い交流がありました。

明治維新後、仕事を求めて日本にきて
そのまま住み着いた韓国・朝鮮の人も大勢います。

しかし、在日コリアンが増加したのは
1910年の韓国併合がきっかけです。

日本人は韓国・朝鮮人を同化させるため、
日本式の名前に変える「創氏改名」まで行っています。

現在、ほとんどの在日コリアンは日本生まれの日本育ち。

言語は日本語ネイティブで、韓国・朝鮮語を
ネイティブのようには話せない人のほうが多い
といわれます。

古くは関東大震災の際、
「不逞鮮人が暴徒化する」というとんでもないデマが飛び、
罪のない韓国・朝鮮人が日本人自警団によって
虐殺されました。

日常的にも戦前は非常に劣悪な環境かつ不当な待遇の労働を
強いられ、それは戦後も続きました。

就職・婚姻において差別され、
出自を隠すために本名を名乗れなかったことも
よく知られています。

■その他の在日外国人

日本全体で見ると、
日本国籍を持つ在日コリアンが増加したことで、
在日外国人のトップは中国人。

べトナム人も急増しています。

日系ブラジル人が多く住む愛知県豊田市は、
ポルトガル語の案内表示があります。

今後は東南アジアをはじめとして、
宗教や文化が大きく違う人も増えてくるはずです。

そんな在留外国人・移民については、
公的機関のみならず私たち1人1人が、
彼らの言語、宗教、文化、習慣を知ることが大切です。

■イスラム教徒

インドネシアやマレーシアなどから
やってきたイスラム教徒も増えています。

公立小学校の関係者によると、
イスラム教徒の児童は給食でおかずに手をつけず、
お米ばかり食べているそうです。

なぜなら給食のほとんどは、
イスラム教の戒律に則って作られたハラルでは
ないためです。

もっと広範囲に及ぶ深刻な問題は、
イスラム教徒の埋葬です。

「メッカを向いて決まった時間にお祈りを捧げる」
という宗教的儀式への理解は進んできましたが、
いざ亡くなると、日本では火葬が一般的。

日本のなかでさまざまな民族と共生するためには
どうしたらいいのか——身近な問題として、
誰もが考えなければいけない時がきています。

■日本は「血統」重視の国

日本は、世界では珍しい「血統」重視の国。

国籍は血統にもとづいており、
「同じ人種・日本の血」にこだわります。

日本生まれの日本育ちでも、
姿かたちが黒人や白人だと「英語が話せるはずだ」と
思い込んだり、差別の対象になったりします。

血統主義である日本では、国籍は一つ。

日本以外にも血統主義の国はありますが、
「二重国籍、多重国籍を認め、血統主義ではなく
出生地主義をとる」というのが
世界の国籍の大きな潮流です。

ハーフは、英エコノミスト誌でhafuとして
紹介されている和製英語で、
日本における外国人差別の一環とも捉えられています。

ダブルやデュアルといった言い方で
肯定的に捉える動きも出てきました。

■移民

日本は難民にせよ移民にせよ、
いま一つ関心が薄いきらいがあります。

数字だけで見れば、日本には移民がたくさんいます。

2019年の日本の移民の数はおよそ250万人。
世界26位です。

ただし日本の場合、彼らを長きにわたって
日本に住む「移民」とは思っていません。

比較的短期で働き、いずれは国に帰るという前提で
受け入れている場合がほとんどでしょう。

2020年に新型コロナウイルス対策として、
長期滞在者も含めて「日本国籍を持たない外国人である」
というだけで入国させない決断を一時期したことは、
国際社会から非難を浴びました。

国籍で線を引く日本政府のやり方は、
少なくとも人道的とはいえないでしょう。

もちろん別の面もあり、2020年に
国民1人一律10万円が配られた特別給付金は、
外国人留学生も対象とされました。

日本政府の外国人に対する対応は、
どこか場当たり的でアンバランスだという印象も
否めません。

■メディア

英語ができるなら「ニューヨーク・タイムズ」か
「エコノミスト」をざっと読むと、
満遍なく情報が入ります。

欧米メディアでも、日本語になった瞬間に
日本目線というバイアスがかかっていることは
覚えておいてください。

そのなかでもお勧めできるのは、
「ロイター」と「ブルームバーグ」。

私がアイヌ文化についてなじみを持ったのは、
アニメ『ゴールデンカムイ』がきっかけで、
本当にこの数年のことです。

それまでは、ほとんどアイヌについて、
知らなかったのです。

学校でも教わっていないと思いますが、
ようやく令和に入って、
アイヌ施策推進法ができたことを
初めて知りました。

「北海道旧土人保護法」という法律の存在も
初めて知りました。

いかに身近な問題を認識していないかということです。

「アイヌ施策推進法」の正式名称は、
「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための
施策の推進に関する法律」

ようやくまっとうなタイトルの法律ができたのですね。

在日コリアンについては、
いまだに多くの課題を抱えていると
認識しているとともに、
自分がそれほど理解しているとは思っていません。

ただ、多くの人が本名を出すことなく、
生活しなければいけないのは、
よい社会とは思えません。

私たちがよりよい社会をつくるために、
隣人も安心して住めるようにするのが、
とても大切だと考えます。

在日外国人について、私の力不足を感じたのは、
中学校で授業をしたときです。

日本語を理解できない生徒に、
十分な配慮のある授業ができたと思えず、
とても反省しました。

現場の先生、同級生にも
十分な公的な言語サポートが
あるとは感じられませんでした。

言語だけでなく、
異文化をサポートすることも大切です。

同化施策も適切でないし、
分離施策も適切でないということを
この本から学びました。

この本をとりあげるのは、最終回です。

日本は長い歴史の中で、
異文化を融合させてきました。

一方、社会として、異なる民族を受け入れるのが
得意ではありません。

ネット上では、情報のサイロに陥らなければ、
国境を超えて情報を得ることができます。

意識して取り入れていこうと、
改めて考えました。

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「エコノミスト」

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この記事は、メルマガ記事から一部抜粋し、構成しています。

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