水火既済(すいかきせい) 完成
䷾
有過物者必濟。故受之以既濟。
物に過ぐることある者は必ず済す。故にこれを受くるに既済を以てす。
ものにすぐることあるものはかならずなす。ゆえにこれをうくるにきせいをもってす。
程度を行き過ぎれば必ず何かを成し遂げることができる。物事を新しくやる場合、ある程度曲がった物を矯めるには、少々反対の方に行き過ぎなければならない。そうしてはじめて物事は成る。だから小過の卦の後を既済という卦で受ける。
既濟、亨小。利貞。初吉終亂。
既濟、亨小。利貞。初吉終亂。
既済は、小さきものさえに亨る。貞しきに利ろし。初めは吉にして終わりは乱る。
きせいは、ちいさきものさえにとおる。ただしきによろし。はじめはきちにしておわりはみだる。
どんなに小さいものにでも願いは通る。動機が正しいことを条件とする。初めは良いけれども、最後には乱れる——完成の後には必ず未完成の時が来る——。
彖曰、既濟亨、小者亨也。利貞、剛柔正而位當也。初吉、柔得中也。終止則亂。其道窮也。
彖に曰く、既済は亨る。小さき者も亨るなり。貞しきに利ろしとは、剛柔正にして位当たればなり。初め吉なるは、柔、中を得ればなり。終りに止まれば則ち乱る。其の道窮まるなり。
たんにいわく、きせいはとおる。ちいさきものもとおるなり。ただしきによろしとは、ごうじゅうせいにしてくらいあたればなり。はじめきちなるは、じゅう、ちゅうをうればなり。おわりにとどまればすなわちみだる。おわりにとどまればみだる。そのみちきわまるなり。
彖伝によると、この卦が出れば願いごとは通る。どんな小さなものも願いが通るのである。「貞しきに利ろし」という意味は、この卦は陽爻も陰爻もすべて正しい地位にいるからである。「初め吉」と卦辞にあったのは、六二という陰爻が下半分のちょうど中庸の位にあるからである。卦辞に「終りに止まれば則ち乱る」とあった。最後まで停止しているとすれば、あとは衰え乱れるほかはない。完成の時ではあるが、最後までその状態で安住して止まっておればあとは乱れる。これは道の行き詰まりである。
象曰、水在火上既濟。君子以思患而豫防之。
象に曰く、水火の上に在るは既済なり。君子以て患を思って予めこれを防ぐ。
しょうにいわく、みずひのうえにあるはきせいなり。くんしもってかんをおもってあらかじめこれをふせぐ。
この卦は水が火の上にかかっている。この水は予め容れ物に入れてあるのでなければならない。さもなくば水が煮える前に火の消える患いがある。君子はこの卦に象って、事の既に済ったときに、患害の起こることを慮って、これを予防する。
初九。曳其輪、濡其尾。无咎。
初九。曳其輪、濡其尾。无咎。
初九。其の輪を曳き、其の尾を濡らす。咎无し。
しょきゅう。そのりんをひき、そのおをぬらす。とがなし。
進もうとする車輪を後ろに引き戻し、進まないようにする。狐が川を渡ろうとして尻尾を濡らし、結局は渡らない。そういう状態であって咎がない。
象曰、曳其輪、義无咎也。
初九は卦の一番下である。車全体でいえば一番下の部分は輪。その輪を引き戻されれば車は進まない。済るの卦の初めに当たり、慎重に構えて軽々しく渡らない。これなら咎を免れるのは当然である。
六二。婦喪其茀。勿逐。七日得。
六二。婦喪其茀。勿逐。七日得。
六二。婦其の茀を喪う。逐うこと勿れ。七日にして得ん。
りくじ。ふそのふつをうしなう。おうことなかれ。しちじつにしてえん。
妻が車で外出しようとしたところが、車の覆いをなくした。これでは外出ができない。しかし、心配は要らない。捜し回らずとも、七日すれば帰ってくる。
象曰、七日得、以中道也。
象に曰く、七日にして得るは、中道を以てなり。
しょうにいわく、しちじつにしてうるは、ちゅうどうをもってなり。
六二は「中正」であり、下卦離火、明の主たる爻で文明の徳がある。しかも上には九五という陽剛「中正」の君に応じている。二が「中」の道を履んでいるから、時節がめぐり来れば世に出ることができる。
九三。高宗伐鬼方。三年克之。小人勿用。
九三。高宗伐鬼方。三年克之。小人勿用。
九三。高宗、鬼方を伐つ。三年にして之に克つ。小人は用うる勿れ。
きゅうさん。こうそう、きほうをうつ。さんねんにしてこれにかつ。しょうじんはもちうるなかれ。
殷の高宗が鬼方を征伐し、三年かかってようやく勝てた。これは高宗のような王者の征伐だから良いのであって、小人はこのような場合に用いてはいけない。
象曰、三年克之、憊也。
象に曰く、三年にしてこれに克つ、憊れたるなり。
しょうにいわく、さんねんにしてこれにかつ、つかれたるなり。
三年もかかってやっと勝つので、疲労困憊は免れない。
六四。繻有衣袽。終日戒。
六四。繻有衣袽。終日戒。
六四。繻るるに衣袽有り。終日戒む。
りくし。ぬるるにいじょあり。しゅうじついましむ。
舟に漏れる所がある。その水漏れを埋めるべき古着やぼろを詰める。終日水漏れを警戒せよ。
象曰、終日戒、有所疑也。
象に曰く、終日戒むるは、疑うところあればなり。
しょうにいわく、しゅうじついましむるは、うたがうところあればなり。
既済の時は、患害の至ることをつねに疑懼せねばならぬから、終日警戒する。
九五、東鄰殺牛、不如西鄰之禴祭。實受其福。
九五、東鄰殺牛、不如西鄰之禴祭。實受其福。
九五。東鄰の牛を殺すは、西鄰の禴祭して、実にその福を受くるに如かず。
きゅうご。とうりんのうしをころすは、せいりんのやくさいして、まことにそのふくをうくるにしかず。
東隣の家が牛を殺して祭っている。これは西隣の家の質素な祭りには及ばない。この西隣の質素な祭りこそ、まことに神からの福を受けるであろう。
象曰、東鄰殺牛、不如西鄰之時也。實受其福、吉大來也。
象に曰く、東鄰牛を殺すは、西鄰の時あるにしかざるなり。実にその福を受くるは、吉大いに来るなり。
しょうにいわく、とうりんうしをころすは、せいりんのときあるにしかざるなり。まことにそのふくをうくるは、きちおおいにきたるなり。
九五は陽爻だから東、六二は陰爻だから西という。九五はすでに済るの卦の尊位におる。天下平定の事業は完成し、最高の位に就いたので、もはや進歩はない。この人にとって最も良い時はすでに過ぎた。六二が下位にあって、初めて世に出る時を得た、その心の張りに及びもつかない。初めて世に出た時の初心に立ち返るならば、吉が大いに来るであろう。
上六、濡其首。厲。
上六、濡其首。厲。
上六。その首を濡す。厲うし。
じょうりく。そのこうべをうるおす。あやうし。
狐が川を渡り終えた途端に頭までどっぷり濡らしてしまう。危ない。
象曰、濡其首厲、何可久也。
象に曰く、その首を濡らす厲し、何ぞ久しかるべけんや。
しょうにいわく、そのこうべをぬらすあやうし、なんぞひさしかるべけんや。
上六は最上位だから狐の体でいえば頭に当たる。上六は陰爻で力弱いくせに、水を済るという冒険をする。水が頭まで来たのでは、そのままで長くはいられない。