春が来た。
そう感じるのは、いつでしょう。
暦の上で春になった日でしょうか。
梅の花が咲いたとき。
ウグイスの声を聞いたとき。
土の中から小さな虫が出てきたとき。
季節は、ある日突然切り替わるものではありません。
空の色が変わり、風が変わり、草木が芽吹き、花が咲き、鳥が鳴き、虫が現れる。
そんな小さな変化を重ねながら、季節は少しずつ動いていきます。
その小さな変化に名前をつけ、一年を七十二の季節として眺めたものが、七十二候(しちじゅうにこう)です。
七十二候とは
七十二候とは、一年を約5日ずつ、72の期間に分けて季節を表したものです。
「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」
「桜始開(さくらはじめてひらく)」
「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」
「玄鳥至(つばめきたる)」
七十二候につけられた名前には、気象の変化や、草木、鳥、虫などの姿が数多く登場します。
そこに記されているのは、単なる日付ではありません。
風が変わった。
花が咲いた。
鳥がやってきた。
虫が鳴き始めた。
自然の中に現れた小さな変化を、人が見つけた記録でもあります。
一年を「春・夏・秋・冬」という四つの大きな季節だけで見るのではなく、もっと細かな変化に目を向けてみる。
七十二候は、そんな季節の見方を私たちに教えてくれます。
二十四節気と七十二候
七十二候は、二十四節気(にじゅうしせっき)をさらに細かく分けたものです。
一年を24に分けたものが二十四節気。
立春、雨水、啓蟄、春分、清明……という名前を聞いたことがある方も多いでしょう。
そして、一つの節気をさらに三つに分けます。
初候(しょこう)
次候(じこう)
末候(まっこう)
です。
一年
↓
四季
↓
二十四節気
↓
七十二候
一つの二十四節気は、およそ15日。
その約15日を三つに分けるので、一つの候はおよそ5日です。
たとえば「立春」なら、
初候 東風解凍(はるかぜこおりをとく)
東から暖かな風が吹き、氷が解け始めるころ。
次候 黄鶯睍睆(うぐいすなく)
ウグイスが山里で鳴き始めるころ。
末候 魚上氷(うおこおりをいずる)
水がぬるみ、割れた氷の間から魚が姿を見せ始めるころ。
となります。
「立春」という一つの季節の中にも、自然は止まっているわけではありません。
風が動き、鳥が鳴き、水が変わる。
七十二候まで細かく見ていくと、季節が動いていく様子が見えてきます。

七十二候の歴史
七十二候は、日本で生まれたものではありません。
その源流をたどると、中国古代の文献『逸周書』に収められた「時訓解」に行き着きます。
「時訓解」は、現存する中国最古の物候学の専門的文献とされ、黄河流域の気候を観察の基礎として、二十四節気のそれぞれを三つの「候」に分け、約五日ごとの動植物や自然現象の変化を記しています。
たとえば、立春の三候は、次のように記されています。
立春之日,东风解冻。又五日,蛰虫始振。又五日,鱼上冰。
立春の日、東風が吹いて氷が解ける。
さらに五日すると、冬ごもりしていた虫が動き始める。
さらに五日すると、魚が氷の下から姿を現す。
「時訓解」には、このような自然の変化が、二十四節気それぞれについて三候ずつ記されています。
つまり七十二候は、単に一年を72に区切った暦ではありません。
その土地で起きている自然の変化を観察し、それを季節のしるしとして言葉にしたものでもありました。
ところが、この七十二候が生まれた土地と、日本とでは、気候も違えば、そこに暮らす動植物も違います。
中国から日本へ暦が伝わったあと、日本の自然に合わせて七十二候も少しずつ見直されていきました。
江戸時代には、渋川春海が日本の風土に合わせた七十二候を作り、その後も改訂が重ねられ、現在よく知られている七十二候へとつながっていきます。

ここで大事なのは、
七十二候そのものが、自然を観察しながら作り変えられてきた暦だということです。
中国で生まれた季節の見方を、日本の自然の中でもう一度見直す。
そう考えると、七十二候は、昔の人たちが残した「季節を眺めるための窓」と見ることもできます。
七十二候一覧
七十二候は、二十四節気それぞれを初候・次候・末候の三つに分けた、72の小さな季節です。
ここでは、春・夏・秋・冬の順に、二十四節気と七十二候を紹介します。
| 二十四節気 | 候 | 『嘉永七年甲寅年略暦七十二候』(1854) | 意味 | 『月令七十二候集解』(元) | 『逸周書』時訓解 |
| 立春 | 初候 | 東風解凍 | 東風が厚い氷を解かし始める | 东风解冻 | 东风解冻 |
| 次候 | 黄鶯睍睆 | 鶯が山里で鳴き始める | 蜇虫始振 | 蛰虫始振 | |
| 末候 | 魚上氷 | 割れた氷の間から魚が飛び出る | 鱼陟负冰 | 鱼上冰 | |
| 雨水 | 初候 | 土脉潤起 | 雨が降って土が湿り気を含む | 獭祭鱼 | 獭祭鱼 |
| 次候 | 霞始靆 | 霞がたなびき始める | 鸿雁来 | 鸿雁来 | |
| 末候 | 草木萌動 | 草木が芽吹き始める | 草木萌动 | 草木萌动 | |
| 啓蟄 | 初候 | 蟄虫啓戸 | 冬籠りの虫が出て来る | 桃始华 | 桃始华 |
| 次候 | 桃始笑 | 桃の花が咲き始める | 仓庚(黄鹂)鸣 | 仓庚鸣 | |
| 末候 | 菜虫化蝶 | 青虫が羽化して紋白蝶になる | 鹰化为鸠 | 鹰化为鸠 | |
| 春分 | 初候 | 雀始巣 | 雀が巣を構え始める | 元鸟至 | 玄鸟至 |
| 次候 | 桜始開 | 桜の花が咲き始める | 雷乃发声 | 雷乃发声 | |
| 末候 | 雷乃発声 | 遠くで雷の音がし始める | 始电 | 始电 | |
| 清明 | 初候 | 玄鳥至 | 燕が南からやって来る | 桐始华 | 桐始华 |
| 次候 | 鴻雁北 | 雁が北へ渡って行く | 田鼠化为鹌 | 田鼠化为鴽 | |
| 末候 | 虹始見 | 雨の後に虹が出始める | 虹始见 | 虹始见 | |
| 穀雨 | 初候 | 葭始生 | 葦が芽を吹き始める | 萍始生 | 萍始生 |
| 次候 | 霜止出苗 | 霜が終り稲の苗が生長する | 呜鸠拂其羽 | 鸣鸠拂其羽 | |
| 末候 | 牡丹華 | 牡丹の花が咲く | 为戴任降于桑 | 戴胜降于桑 | |
| 立夏 | 初候 | 蛙始鳴 | 蛙が鳴き始める | 蝼蝈鸣 | 蝼蝈鸣 |
| 次候 | 蚯蚓出 | 蚯蚓が地上に這出る | 蚯蚓出 | 蚯蚓出 | |
| 末候 | 竹笋生 | 筍が生えて来る | 王瓜生 | 王瓜生 | |
| 小満 | 初候 | 蚕起食桑 | 蚕が桑を盛んに食べ始める | 苦菜秀 | 苦菜秀 |
| 次候 | 紅花栄 | 紅花が盛んに咲く | 靡草死 | 靡草死 | |
| 末候 | 麦秋至 | 麦が熟し麦秋となる | 麦秋至 | 小暑至 | |
| 芒種 | 初候 | 螳螂生 | 螳螂が生まれ出る | 螳螂生 | 螳螂生 |
| 次候 | 腐草為蛍 | 腐った草が蒸れ蛍になる | 鵙始鸣 | 鵙始鸣 | |
| 末候 | 梅子黄 | 梅の実が黄ばんで熟す | 反舌无声 | 反舌无声 | |
| 夏至 | 初候 | 乃東枯 | 夏枯草が枯れる | 鹿角解 | 鹿角解 |
| 次候 | 菖蒲華 | あやめの花が咲く | 蜩始鸣 | 蜩始鸣 | |
| 末候 | 半夏生 | 烏柄杓が生える | 半夏生 | 半夏生 | |
| 小暑 | 初候 | 温風至 | 暖い風が吹いて来る | 温风至 | 温风至 |
| 次候 | 蓮始開 | 蓮の花が開き始める | 蟋蟀居壁 | 蟋蟀居辟 | |
| 末候 | 鷹乃学習 | 鷹の幼鳥が飛ぶことを覚える | 鹰始击 | 鹰乃学习 | |
| 大暑 | 初候 | 桐始結花 | 桐の花が(来年の)蕾をつける | 腐草为萤 | 腐草化为萤 |
| 次候 | 土潤溽暑 | 土が湿って蒸暑くなる | 土润溽暑 | 土润溽暑 | |
| 末候 | 大雨時行 | 時として大雨が降る | 大雨时行 | 大雨时行 | |
| 立秋 | 初候 | 涼風至 | 涼しい風が立ち始める | 凉风至 | 凉风至 |
| 次候 | 寒蝉鳴 | 蜩が鳴き始める | 白露降 | 白露降 | |
| 末候 | 蒙霧升降 | 深い霧が立ち込める | 寒蝉鸣 | 寒蝉鸣 | |
| 処暑 | 初候 | 綿柎開 | 綿を包む萼(がく)が開く | 鹰乃祭鸟 | 鹰乃祭鸟 |
| 次候 | 天地始粛 | ようやく暑さが鎮まる | 天地始肃 | 天地始肃 | |
| 末候 | 禾乃登 | 稲が実る | 禾乃登 | 禾乃登 | |
| 白露 | 初候 | 草露白 | 草に降りた露が白く光る | 鸿鴈来 | 鸿雁来 |
| 次候 | 鶺鴒鳴 | 鶺鴒(せきれい)が鳴き始める | 元鸟归 | 玄鸟归 | |
| 末候 | 玄鳥去 | 燕が南へ帰って行く | 羣鸟养羞 | 群鸟养羞 | |
| 秋分 | 初候 | 雷乃収声 | 雷が鳴り響かなくなる | 雷始收声 | 雷始收声 |
| 次候 | 蟄虫坏戸 | 虫が土中に掘った穴をふさぐ | 蛰虫坯户 | 蛰虫培户 | |
| 末候 | 水始涸 | 田畑の水を干し始める | 水始涸 | 水始涸 | |
| 寒露 | 初候 | 鴻雁来 | 雁が飛来し始める | 鸿鴈来宾 | 鸿雁来宾 |
| 次候 | 菊花開 | 菊の花が咲く | 雀入大水为蛤 | 爵入大水,化爲蛤 | |
| 末候 | 蟋蟀在戸 | 蟋蟀が戸の辺りで鳴く | 菊有黄华 | 菊有黄华 | |
| 霜降 | 初候 | 霜始降 | 霜が降り始める | 豺祭兽 | 豺乃祭兽 |
| 次候 | 霎時施 | 小雨がしとしと降る | 草木黄落 | 草木黄落 | |
| 末候 | 楓蔦黄 | もみじや蔦が黄葉する | 蛰虫咸俯 | 蛰虫咸附 | |
| 立冬 | 初候 | 山茶始開 | 山茶花が咲き始める | 水始冰 | 水始冰 |
| 次候 | 地始凍 | 大地が凍り始める | 地始冻 | 地始冻 | |
| 末候 | 金盞香 | 水仙の花が咲く | 雉入大水为蜃 | 雉入大水为蜃 | |
| 小雪 | 初候 | 虹蔵不見 | 虹を見かけなくなる | 虹藏不见 | 虹藏不见 |
| 次候 | 朔風払葉 | 北風が木の葉を払い除ける | 天气上升 | 天气上腾地气下降 | |
| 末候 | 橘始黄 | 橘の実が黄色くなり始める | 闭塞而成冬 | 闭塞而成冬 | |
| 大雪 | 初候 | 閉塞成冬 | 天地の気が塞がって冬となる | 鶡鴠不鸣 | 鴠鸟不鸣 |
| 次候 | 熊蟄穴 | 熊が冬眠のために穴に隠れる | 虎始交 | 虎始交 | |
| 末候 | 鱖魚群 | 鮭が群がり川を上る | 荔挺出 | 荔挺生 | |
| 冬至 | 初候 | 乃東生 | 夏枯草が芽を出す | 蚯蚓结 | 蚯蚓结 |
| 次候 | 麋角解 | 大鹿が角を落とす | 麋角解 | 麋角解 | |
| 末候 | 雪下出麦 | 雪の下で麦が芽を出す | 水泉动 | 水泉动 | |
| 小寒 | 初候 | 芹乃栄 | 芹がよく生育する | 鴈北乡 | 雁北向 |
| 次候 | 水泉動 | 地中で凍った泉が動き始める | 鹊始巢 | 鹊始巢 | |
| 末候 | 雉始雊 | 雄の雉が鳴き始める | 雉雊 | 雉始鸲 | |
| 大寒 | 初候 | 款冬華 | 蕗の薹(ふきのとう)が蕾を出す | 鸡乳 | 鸡始乳 |
| 次候 | 水沢腹堅 | 沢に氷が厚く張りつめる | 征鸟厉疾 | 鸷鸟厉疾 | |
| 末候 | 鶏始乳 | 鶏が卵を産み始める | 水泽腹坚 | 水泽腹坚 |
七十二候から、季節を眺める
七十二候には、
花が咲く。
鳥が鳴く。
虫が現れる。
風が変わる。
雨が降る。
そんな小さな自然の変化が残されています。
けれども、七十二候に書かれていることが、毎年、同じ日に、同じように起こるわけではありません。
同じ場所でも、年によって季節の進み方は違います。
まして、七十二候が作られた時代と現代では、自然を取り巻く環境も大きく変わっています。
だから、このページでは七十二候を「正解」として季節を見ることはしません。
七十二候をひとつの窓にして、いま、目の前にある季節を眺めてみます。
昔の人が「桜始開」と書いたころ、今年の桜は咲いているでしょうか。
「玄鳥至」のころ、本当にツバメはやってくるでしょうか。
七十二候には書かれていないけれど、いま、この場所だからこそ見えるものもあるかもしれません。
昔の人が見つけた季節。
いま、私たちが見つける季節。
その二つを重ねてみると、どんな風景が見えてくるでしょう。
七十二候から、季節を眺めてみましょう。
