4.山水蒙(さんすいもう) ䷃

易経
この記事は約6分で読めます。

山水蒙(さんすいもう) おろかな者、啓蒙、教育

序卦伝

物生必蒙。故受之以蒙。蒙者蒙也。物之穉也。
物生ずれば必ず蒙。故にこれを受くるに蒙を以てす。蒙とは蒙かなり。物の穉きなり。
ものしょうずればかならずもう。ゆえにこれをうくるにもうをもってす。もうとはおろかなり。もののおさなきなり。

物が発生する時には必ず愚かである。だから、屯の卦の後に蒙の卦を持ってくる。蒙は愚かという意味である。つまり物がまだ幼いということである。

蒙。亨。匪我求童蒙。童蒙[來]求我。初筮告。再三涜。涜則不告。利貞。

蒙。亨。匪我求童蒙。童蒙[來]求我。初筮告。再三涜。涜則不告。利貞。
蒙は亨る。我より童蒙に求むるに匪ず。童蒙より我に求む。初筮には告ぐ。再三すれば涜る。涜るれば即ち告げず。貞しきに利ろし。
もうはとおる。われよりどうもうにもとむるにあらず。どうもうよりわれにもとむ。しょぜいにはつぐ。さいさんすればけがる。けがるればすなわちつげず。ただしきによろし。

願いごとは通るであろう。私の方から愚かな子供を探し求めて教えるのではない。愚かな子供の方から私に教えを求めるのだ。占いの場合、第一回の筮竹の操作で出た判断は告げる。再三、筮に尋ねるならば、占いの神聖さを汚すものである。神聖さを汚すようなことをすれば、答えはしてやらない。動機が正しい場合にのみ利益がある。

彖曰、蒙山下有険。険而止蒙。蒙亨、以亨行、時中也。匪我求童蒙、童蒙求我、志應也。初筮告、以剛中也。再三瀆、瀆則不告、瀆蒙也。蒙以養正、聖功也。
彖に曰く、蒙は山の下に険有り。険にして止まるは蒙なり。「蒙は亨る」とは、亨るを以て時中を行うなり。「我、童蒙に求むるに匪ず。童蒙、我に求む」とは、志応ずるなり。「初筮は告ぐ」とは、剛中を以てなり。再三すれば涜る、涜るれば則ち告げず」とは、蒙を涜せばなり。蒙以て正しきを養う。聖の功なり。
たんにいわく、もうはやまのしたにけんあり。けんにしてとどまるはもうなり。「もうはとおる」とは、とおるをもってじちゅうをおこなうなり。「われ、どうもうをもとむるにあらず。どうもう、われにもとむ」とは、ここざしおうずるなり。「しょぜいにはつぐ」とは、ごうちゅうをもってなり。「さいさんすればけがる。けがるればすなわちつげず」とは、もうをけがせばなり。もうもってせいをやしなう。せいのこうなり。

彖伝によると、山の下に険で蒙(くら)い場所。内心険で外は進み得ない蒙(おろ)かなものを意味する。蒙卦が亨るというのは、亨るべき道を以て前進し、しかもその時その時の中庸を得るからである。九二が六五の蒙を啓くのは、まさに亨るべき道にそっており、時の中庸を得た行動である。剛にして明なる九二のほうから、陰にして暗なる六五を求めることはない。おろかな六五が賢明な九二を求めるのが理の当然で、おのずと双方の気持ちがおうじあう。「初筮は告ぐ」とは、九二のことであり、剛爻でしかも「中」を得ている。告げるべき時しか告げない。再三同じことを筮するとき、告げる者が涜れるだけなく、問う側の蒙昧の者もまた涜れる。蒙の卦は、これでもって正を養う道。これこそ聖人となるべきしごとである。

象伝

象曰、山下出泉蒙。君子以果行育徳。
象に曰く、山下に泉を出すは蒙なり。君子以て行いを果たし徳を育う。
しょうにいわく、やましもにいずみをいだすはもうなり。くんしもっておこないをはたしとくをやしなう。

蒙の卦は、山の下に水。水を泉といいかえたのは、泉は山の下から水が始めて流れ出るもの、童蒙に似ているからである。君子はこれを象徴とし、泉の山をうがち海にいたる勇気を見ては、自分の行動を勇ましく割り切り、流れるうちに自分を深くしてゆくのを見ては、徳を養う。

山水蒙

初六。発蒙。利用刑人。用説桎梏。以往吝。

初六。発蒙。利用刑人。用説桎梏。以往吝。
初六。蒙を発く。用て人を刑するに利ろし。用て桎梏を説く。以て往けば吝。
しょりく。もうをひらく。もってひとをけいするによろし。もってしっこくをとく。もってゆけばりん。

愚かな者を啓発してやるがよい。人を刑罰するのによろしく、逆に人の枷をほどいてやるのによろしい。しかしいつまでもそういう厳しい態度で進めば、恥をかくことがあるであろう。

象伝

象曰、利用刑人、以正法也。
象に曰く、用て人を刑するに利ろしとは、以て法を正すなり。
しょうにいわく、もってひとをけいするによろし、もってほうをただすなり。

象伝によると、啓蒙の最初の段階には、法を正すことが先ず必要であり、懲戒こそ法を正す手段だという。

九二。包蒙、吉。納婦、吉。子克家。 

九二。包蒙、吉。納婦、吉。子克家。
九二。蒙を包む、吉。婦を納る、吉。子、家を克す。
きゅうじ。もうをつつむ、きち。つまをいる、きち。こ、いえをよくす。

あらゆる愚かな者を包容せよ。そうすれば吉。妻を娶るのに吉。子供が父親に代わって一家を善く治めるであろう。

象伝

象曰、子克家、剛柔接也。
象に曰く、子、家を克くするは、剛柔接わるなり。
しょうにいわく、こ、いえをよくするは、ごうじゅうまじわるなり。

家としてこの卦を見るとき、五の位は父にあたり、二の位は子にあたる。しかるに五は陰爻で闇弱で、二は陽爻で剛明。二が五のなすべき仕事を代行する。剛柔接わるとは、九二と六五の「応」を指す。

六三。勿用取女。見金夫、不有躬。无攸利。

六三。勿用取女。見金夫、不有躬。无攸利。
六三。女を取るに用うるなかれ。金夫を見て、躬を有たず。利するところなし。
りくさん。じょをめとるにもちうるなかれ。きんぷをみて、みをたもたず。りするところなし。

結婚しようとするものが占ってこの爻が出た場合、その女を娶ってはならない。金のある男と見れば身持ちを忘れる女である。そんな女を娶っても、何の利もない。

象伝

象曰、勿用取女、行不順也。
象に曰く、女を取るに用うるなかれとは、行い順まざればなり。
しょうにいわく、じょをめとるにもちうるなかれとは、おこないつつしまざればなり。

六三は陰柔で、「不中」(陰爻陽位)、「不正」(二を外れる)。慎みのない女だから、娶るなという。

六四。困蒙。吝。

六四。困蒙。吝。
六四。蒙に困しむ、吝。
りくし。もうにくるしむ、りん。

おのが蒙昧さのゆえに難渋する。恥ずべし。

象伝

象曰、困蒙之吝、獨遠實也。
象に曰く、蒙に困しむの吝なるは、独り実に遠ければなり。
しょうにいわく、もうにくるしむのりんなるは、ひとりじつにとおざかればなり。

六四は、自身闇弱(陰爻)で、九二(実)に最も遠い。四を応援すべき初爻も陰で蒙昧、助けにならない。そこで蒙昧に苦しむという。占う人がこのようであれば、恥ずべきである。

六五。童蒙、吉。

六五。童蒙、吉。
六五。童蒙、吉。
りくご。どうもう、きち。

まだ幼くて愚かな状態。結果は吉。

象伝

象曰、童蒙之吉、順以巽也。
象に曰く、童蒙の吉なるは、順にして巽なればなり。
しょうにいわく、どうもうのきちなるは、じゅんにしてそんなればなり。

六五は柔であって「中」におる。高い位におりながら、下に降りて九二に「応」ずる。蒙昧ながら純粋、虚心に九二に教えを乞うている。この爻を得た人、このような態度であれば、吉である。

上九。撃蒙。不利為寇。利禦寇。

上九。撃蒙。不利為寇。利禦寇。
上九。蒙を撃つ。寇を為すに利ろしからず。寇を禦ぐに利ろし。
じょうきゅう。もうをうつ。あだをなすによろしからず。あだをふせぐによろし。

愚か者をぶん殴れ。こちらから暴力をふるうのはよくない。敵の暴力を防ぐのがよい。

象伝

象曰、利用禦寇、上下順也。
象に曰く、用て寇を禦ぐに利ろしとは、上下順なるなり。
しょうにいわく、もってあだをふせぐによろしとは、じょうげじゅんなるなり。

剛い態度で外からの悪を防げば、教えるものも教えられるものも、宜しきを得るということ。

▼▼最幸で豊かな人生を自分にもまわりにも贈ろう!▼▼
メールマガジンご登録【最幸の人生の贈り方】

朝日 一惠 【最幸の人生の贈り方】メールマガジンは、毎朝届きます。
◇────────────────◇ 
「最幸で豊かな人生を自分にもまわりにも贈ろう!」

「誰もがやりがいのある仕事で、生涯現役で働き、
みんなが豊かで幸せになる社会を創る!」  

「子どもたちがわくわくと大人になることを 楽しむ社会にする!」
◇────────────────◇  

2013年1月の発行以来一日も休むことなく配信しています。
無料で購読できます。
配信したメールから解除もできます。

易経
知恵の森
タイトルとURLをコピーしました