カルロ・ロヴェッリの科学とは何か

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カルロ・ロヴェッリの科学とは何か
La naissance de la pensée scientifique – Anaximandre de Milet

カルロ・ロヴェッリ(著), 栗原俊秀(訳)
河出書房新社 (2022/2/19)

カルロ・ロヴェッリ Carlo Rovelli 
1956年、イタリア生まれ。ボローニャ大学からパドヴァ大学大学院へ進む。ローマ大学、イェール大学などを経てエクス=マルセイユ大学で教える。専門はループ量子重力理論。 『すごい物理学講義』など。 

栗原俊秀 くりはら・としひで
1983年生まれ。翻訳家。訳書に、ロヴェッリ『すごい物理学講義』、スクラーティ『小説ムッソリーニ 世紀の落とし子』(上下)など多数。第2回須賀敦子翻訳賞、イタリア文化財文化活動省翻訳賞を受賞。 

この本の原書は、実は、2009年に刊行された
フランス語の本だそうです。
La naissance de la pensée scientifique – Anaximandre de Milet
(どうりで、原書のタイトルを探すのに
英語版を探して、どうにも見つからなくて
大変苦労したので、訳者あとがきで知りました)

カルロ・ロヴェッリの著書は、
いつも気づきが多いのですが、
この本も例外ではなく、
とても多くの気づきを得ることができました。

例示が豊富で、わかりやすいので、
ぜひ本を手に取ってみてください。

古代の天文学

■古代文明の大地

あらゆる古代文明は、
上にある空と、下にある大地が、
世界を形づくっていると考えていた。

ただし、ひとつだけ例外がある。

古代ギリシア文明。

古典古代においてすでに、
ギリシア人にとって大地とは、
落下せずに宙に浮かぶ岩山のことだった。

誰が、どのようにして、それを理解したのだろうか。

世界を知るための、
この巨大な一歩を踏み出した人物こそ、
本書で主役を務めるアナクシマンドロス
である。アナクシマンドロスはいまから二十六世紀前、
現在のトルコ沿岸に存在した都市国家ミレトスで
生を送った。

彼の思索は物理学、地理学、気象学、生物学の
先駆けとなった。

こうした貢献に加えて、彼はさらに、
世界像を捉え直すことへの道を切り開いた。

それは、言い換えるなら、一見したところ
明白な確実性に反旗をひるがえすことに基礎を置いた、
知の探求の道のりである。

この意味において、アナクシマンドロスは
科学的思考の源流に立つ思想家といえる。

■科学の力

科学の力は、すでに打ち立てられた確実性のなかに
宿るのではない。

そうではなく、わたしたちの無知の広がりにたいする
根本的な自覚こそが、科学の力の源になる。

わたしがこの本で明るみに出したいと思っているのは、
何度でも世界を描きなおして倦むことのない、
批判的で反抗的な科学の思考の横顔である。

■古代文明

古代の文明はことごとく、
神性を中心にして成り立っている。

すくなくとも、人間が文字を使うようになって以後、
神々(ないし神性)は文明そのものの基礎として
機能してきた。

この奇妙な思考は、いつ、どのようにして
生まれたのだろう?

これは、文明とはなにかを理解するための
中心的な問いであり、今日もなお、
わたしたちは曖昧な答えしか得られていない。

なんにせよ、古代の人びとが思考を構築し
世界を解釈するにあたって、
多神教の神々が中心的、普遍的な役割を演じたことは、
火を見るより明らかな事実である。

カルロ・ロヴェッリの科学とは何か

過去、カルロ・ロヴェッリの著書は、
すごい物理学講義』(2018/1/11〜2018/1/19)
時間は存在しない』(2019/11/2〜2019/11/15)
世界は「関係」でできている: 美しくも過激な量子論』(2021/12/4〜2021/12/9)
の3冊をメルマガでとりあげています。

この本もゆっくり読んでいきたいと思います。

今日引用した箇所の古代における世界の見方は、
インテグラル心理学でいうと
「神話的」な時代を含む前後の世界にあたると思います。

インテグラル心理学
インテグラル心理学とは「インテグラル心理学」(Integral Psychology:統合的心理学)は、人間の心や意識というものが驚くほど多面的であり、多層的であり、ダイナミックであり、豊かな潜在的可能性を宿しているという...

世界の生まれ方についての記述を見ると、
古事記も驚くほど似ています。

さて、天文観察には、
2つの目的があったとバビロニアの楔形文字に
記されていたそうです。

・天体の規則性の利用
・天体の動きと人間に関する現象の結びつけ

中国でも、周の時代(紀元前1000年頃 – 紀元前256年)に、
太史寮と呼ばれる、組織がすでにあったそうです。
この組織では、歴史の編纂・祭祀を司っていました。

これは、秦・漢も引き継がれます。

日本では、陰陽寮がこの役割をもち、
飛鳥時代に設置され、明治2年までありました。

中国では歴史の編纂に重きを置かれているのに対し、
日本では、占い・天文・時・暦に重きを置かれています。

中国で占いを行う部署は分かれて、
隋・唐の時代は、
太卜署(たいぼくしょ)が担っていたようです。

https://baike.baidu.com/item/太卜署/22783759

いずれにしても、
頭の上に天があり、足の下に大地があるという世界観は、
世界共通であり、唯一古代ギリシア文明だけが、
異なる見方をしていたとのこと。

どうして、そのように世界を眺めたのか、
興味がありますし、

どうしたら、自分のいる世界は、
信じられている構造とは、
実はまったく異なるという見方ができるのか、
知りたいです。

あなたは、どうやって、地球が浮かんでいると信じるようになりましたか。

20220723 カルロ・ロヴェッリの科学とは何か_古代の天文学(1)vol.3478【最幸の人生の贈り方】

ミレトスとアナクシマンドロス

■古代ギリシアの多様性

古代ギリシア文明の黎明期、ギリシア人は
地理的、経済的、商業的、政治的な観点から、
急速に力を伸ばしているところだった。

多様性は、
この若い文化の際立った特徴のひとつである。

ギリシア世界の多様性を
よりはっきりと映し出しているのは、
政治の仕組みの革新性である。

地球上のそのほかの土地が、
千年におよぶファラオの歴史を範にとり、
強大な王国や帝国を築くことで
安定を実現しようと躍起になっていたとき、
ギリシアはかたくなにも、
相互に独立した群小国家としての形態を守っていた。

群小国家の林立は、
ギリシアにとっての弱点どころか、
桁外れの文化的活力の源泉となった。

ギリシア世界は、小さなポリスに
分割されていたからこそ、
(なによりも政治的な意味合いにおいて)
絶大な成功をおさめることができたのである。

■アナクシマンドロスに帰すことが妥当であると思われる主要な思想

(1)天候は自然現象として理解できる。
雨水はもともとは海や川の水である。
それらが太陽の熱によって蒸発し、風に運ばれ、
雨となって大地を濡らす。
地震は、たとえば酷暑や豪雨が引き金となって
大地が割れることにより生じる。

(2)大地は有限な寸法をもつ物体であり、
宙に浮遊している。

(3)太陽、月、星々は、地球のまわりを
完全な円を描いてまわっている。
これらの天体は、「馬車の車輪」にも似た、
巨大な輪に沿って回転している。
星々はもっとも近い円に、月は中間の円に、
太陽はいちばん遠い円に沿ってまわっており、
その距離の比率は「9:18:27」である。

(4)自然を形づくる事物の多様性はすべて、
唯一の起源から、すなわち、
「アペイロン」と呼ばれる「根源」から生じている。

(5)ある事物が別の事物に変化する過程は、
「必然」に支配されている。

(6)この世界は、アペイロンから
「熱さ」と「冷たさ」が分かたれたときに生じる。

(7)あらゆる動物は、海か、
かつて大地を覆っていた原初の水に起源をもつ。
したがって、最初の動物は魚(あるいは魚に似た生き物)である。
やがて大地が乾燥したとき、最初の動物は陸にあがり、
そこでの暮らしに適応した。
人間はほかの動物から生じ、もとをたどれば、
魚のような形態を有していた。

(8)人類の歴史上、アナクシマンドロスは
最初の世界地図を作製した人物といわれていた。

(9)アナクシマンドロスが著した書物は、
自然現象について散文で論じたはじめての著作である。

(10)ギリシア世界に晷針(きしん)の使用を広めたのは、
アナクシマンドロスだといわれている。
晷針とは要するに、
大地に垂直に突き立てられる棒のことであり、
その影の長さを測ることで、
水平線からの太陽の高さが測定される。

(11)古代の著述家の一部は、黄道の傾きを
はじめて測定したのはアナクシマンドロスだと主張している。

■アナクシマンドロスに欠けているもの

今日のわたしたちが知る
アナクシマンドロスの思想と成果の総体は、
近代科学が意図するところの科学的内実を
備えているわけではない。

今日のわたしたちが「科学」と呼んでいる
営為の本質的な側面の一部が、
いまだアナクシマンドロスには欠けている。

(1)自然現象を統べる数学的法則を探求するという発想が、
完全に欠落している。

この発想はアナクシマンドロスの次の世代、
ピタゴラス学派においてはじめて生まれ、
その後の数世紀に急速な発展を遂げる。

(2)自然を理解するための観察と計測を実現するため、
人為的に整えた物理的状況下で
実験を行うという発想が、完全に欠落している。

こうした発想が科学者のあいだに、
じゅうぶんに成熟した形で認められるようになるには、
アナクシマンドロスから二千年以上もあと、
ガリレオ・ガリレイの時代まで待たなければならない。

当時の神話的な世界観が主流を占めていた時代にあって、
このような思想を持っていたことが、実に驚きです。

「人間はほかの動物から生じ、もとをたどれば、
魚のような形態を有していた。」
という発想は、どうしてできたのでしょう???

ミレトスというのは、
トルコの地中海側沿岸にあります。

アナクシマンドロスが描いた世界地図を見ると
世界は、海で囲まれていて、
ヨーロッパ、アジア、リビアの大陸からなりたっていて、
それぞれを隔てているのが、
黒海とファシス川、ナイル川、地中海です。

https://en.wikipedia.org/wiki/Anaximander#/media/File:Anaximander_world_map-en.svg

この時代のミレトスにとって、
リビアが大きい存在だったことがわかります。

調べてみると、古代リビュアは、
当時のアフリカ大陸、北西アフリカを
指していたようです。

地中海を中心に交易をしていたのですから、
この地図は納得できますね。
 
 
年代を整理しておくと、
タレス [紀元前.624年頃~紀元前546年頃]
アナクシマンドロス[紀元前610年頃~紀元前547年頃]
アナクシメネス [紀元前585年 – 紀元前525年]
ピタゴラス [紀元前582年 – 紀元前496年]
ソクラテス [紀元前470年頃 – 紀元前399年]
プラトン [紀元前427年 – 紀元前347年]
アリストテレス [紀元前384年 – 紀元前322年]
ゼノン [紀元前335年 – 紀元前263年]
アルキメデス [紀元前287年? – 紀元前212年]

同時代に世界で何が起きていたか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/紀元前6世紀

インドで十六大国が成立
中国は春秋戦国時代。
孔子 [紀元前551年頃 – 紀元前479年]
ユダ王国滅亡 紀元前586年
ローマ共和政開始 紀元前509年

ほう。。。

『山川世界史総合図録』には、
アナクシマンドロスの名前はありません。

私も、カルロ・ロヴェッリを通して知った名前です。

昨日、別の本『教養の書』(戸田山 和久著)を
読んでいたら、『一九八四年』の話が出てきました。
私が読んだのは、10代なので、
細かい内容はほとんど覚えていなかったのですが、
紹介されていたのは、国家「オセアニア」の調査局が
新しい人工言語を開発し、
思考を破壊するのを目的としている話でした。

この言語の特徴は、
「語彙を極端に切り詰める」
・規則性を極端にして、文法を単純化する
・語彙を二分化することで、減らす(寒いと寒くない、明るいと明るくない)
・微妙に異なるものをひとくくりにして、減らす
・科学的な思考法を示す抽象的な言葉を消去して、批判的思考を破壊する
 「科学」「証拠」「データ」「根拠」「仮説」「検証」

確かにこのような言葉がなければ、
科学的な思考はできなくなります。

『一九八四年』も再読したほうがよさそうです。

あなたの頭の中には、どんな世界地図がありますか。

20220724 ミレトスとアナクシマンドロス_科学とは何か(2)vol.3479【最幸の人生の贈り方】

雨を降らすのは神の気まぐれではない

■紀元前六世紀以前

雨を降らすのはゼウスであり、
風を吹かすのはアイオロスであり、
海の波を揺らすのはポセイドンである。

これらの現象を神の意志や決定から切り離し、
自然のうちにその原因を見いだそうとする試みは、
紀元前六世紀以前には皆無だった。

■世界を自然主義的に読み解く

アナクシマンドロスは、わたしたちが知るかぎり、
世界を自然主義的に読み解くことを提案した
最初の人物である。

アナクシマンドロスの描く世界の歴史からは、
超自然的な事物の痕跡がきれいに消え去っている。

世界の事物は、火、熱、寒さ、空気、土など、
事物の用語によって説明される。

太陽、月、星、海、大地など、
説明されるべき事物それ自体が、
この世界を形づくっている。

重要な点は、アナクシマンドロスが、
宇宙を説明するための厳密な方法論を
提示したことにある。

世界の出来事を、
この世界に現に在る事物によって説明するシステムを、
彼は提案したのである。

きわめて新奇かつ革命的なこの方法論は、
のちに近代科学によって採用されることになる。

もうひとつ、アナクシマンドロスの自然主義が
驚くべき洞察力を発揮している分野がある。

生命の起源と、人類の起源にかんする考察である。

アナクシマンドロスは、
生命は海から生じたと考えていた。

彼は生命の進化について語り、
進化と気候条件の関係性について語った。

このテーマに人類が本格的に取り組むようになったのは
ごく最近のことである。

アナクシマンドロスの示した方向性が正しかったことは、
いまでは誰でも知っている。

荒削りで、不正確な点も多々あるとはいえ、
紀元前六世紀にこうした考察がなされていたという事実には、
やはり驚きを禁じえない。

したがって、アナクシマンドロスが
実際に採用した解釈がたとえ間違っていたとしても、
大気現象の原因を自然のうちに求めようとした
姿勢そのものは、科学の歴史にとって
決定的に重要だったとわたしは考えている。

それはまさしく、科学的探求の萌芽と呼ぶに値する態度である。

科学とは何か

天気と神を結びつけるものとして、
考えられるのは、雨乞いです。

世界中で行われていたようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/雨乞い

イスラーム世界には「イスティスカー」と呼ばれる降雨祈願があり、マムルーク朝時代のエジプトでは増水祈願と呼ばれる大規模な雨乞いが行われていた。

南方熊楠によれば、
モンゴルに鮓荅師(ヤダチ)と呼ばれる雨乞い師がおり、
盆に牛の結石(鮓荅と呼ばれる)と水を入れ、
呪文を唱えながら雨を降らせたという。

古代ローマでは竈の神ウェスタに使える巫女たちが
5月7日以降の満月の夜に、テヴェレ川に
24体の等身大の人形を投げ込む雨乞いの儀式を行っていた。

インドのある地方では雲に扮した雨乞い師が
地面に水を撒く。

ロシアのドーパットでは村の聖なる樅の木に
3人の雨乞い師がのぼり、薬缶や燃えさし、
水で濡らした小枝を使って嵐を再現する。

いずれもこうなってほしいという状況を
再現してみせる儀式である。

メキシコのユカタン半島ではセノーテと呼ばれる地底湖に、
雨の神チャックが宿るとマヤ文明の時代の
マヤの人々に信じられており、
雨乞いの為に生贄の儀式が行われていたようで、
現代でも現地の農民たちが供物を捧げて
神に祈りを捧げる儀式が行われている。

日本でも多く見られ、
特に雨乞い信仰が伝わる神社の多くは
標高の高い山の上にあり、
雨と山に関連があるということは、
古くから知られていたようです。

東京の街中にも発見しました。
墨田区の三囲(みめぐり)神社

三囲神社(三圍神社) / 東京都墨田区
三井家の守護社を担う三囲(みめぐり)神社。文化財が多数の境内。三越のライオン像・三柱鳥居。三井寺の僧による再興と白狐伝説・三囲の由来。宝井其角の雨乞いの故事。堤下の大鳥居・スカイツリー。隅田川七福神の恵比寿神と大国神。北斎や広重の浮世絵。

元禄六年(1693)、小梅村では旱魃(かんばつ)が発生。
地域の農民が当社で雨乞い祈願をしていたところ、
偶然参拝に訪れた俳諧師・宝井其角が、
農民から哀願され句を当社の神前に奉納。

遊ふた地や 田を見めぐりの 神ならば
(「遊ふ田地」と「夕立」、「三囲」と「見巡り」が掛け言葉)

すると翌日に雨が降ったとされる。

これによって、神社の名前が
江戸に広まったとのことです。

反対に、晴天を願う、てるてる坊主の風習は、
今でも使われていますが、発祥は中国の切り紙人形と
推測されています。

2019年に大ヒットした映画『天気の子』は、
まさに天気と神様がモチーフです。
(次男と一緒に見に行ったありがたい映画)

人間の思考の中に、
深く根付いているといってよいでしょう。

一方、現代では、人工降雨ということも行われています。

人工降雨は、ある程度発達した雨雲がある場合に有効であり、
かつ成功するもので、
雲のない所に雨雲を作って雨を降らせるのは不可能であるとのこと。

そして、他国の人工降雨に対して、
自国へ降るはずだった雨を減らすとして
批判・抗議が起きることもあるそうです。

日本では、多摩川水系のダム周辺に
人工降雨装置があるそうで、
2013年8月に12年ぶりに稼働したという
記事を見つけました。

都、人工降雨装置を稼働 多摩川水系のダム周辺で
東京都は21日、多摩川水系の小河内ダム(奥多摩町)周辺にある人工降雨装置を試運転させた。水源である多摩川、利根川両水系のダムの貯水量が平年を下回ったことによる渇水対策で、稼働は12年ぶり。装置は雨粒の核となるヨウ化銀をアセトンと混合、燃焼させ、送風機で煙突を通して上空に噴射。4千~5千メートルの雲の中で氷結させ、雨を降...

神の力でないなら、
自分たちでコントロールできるだろうという思考が
現れたものですね。

雨に関してだけでも、
とても多くの議論ができます。

つまり、気象は、人類にとって
とても大切な現象だということです。

あなたは、天気をどんなことと結びつけていますか。

20220725 雨を降らすのは神の気まぐれではない_科学とは何か(3)vol.3480【最幸の人生の贈り方】

大地は浮かんでいる

■中世には、地球は丸かった

中世の知の集大成であるダンテ『神曲』は、
コロンブスが生まれる一世紀以上も前に書かれた作品である。

詩聖はこの壮大な叙事詩のなかで、
視覚イメージを喚起する傑出した表現でもって、
大地を明らかな球形として描いている。

聖トマスは『神学大全』の冒頭で、
大地が球状であることを言明している。

現存する中世の史料のなかで、
大地は平らであると主張しているものは
ほとんどない。

■大地の正確な形状よりも革新的なこと

アナクシマンドロスは、
大地が球体だとは考えていなかった。

彼にとって、大地は円筒の形をしていた。

背丈の低いドラム、あるいは、
分厚いレコードのような形状である。

科学的な観点(および、
科学的な概念の構築という観点)に立つのなら、
ほんとうの意味で重要なのは、
円筒なり球体なり、
大地の正確な形状を確定することではない。

「大地は有限な物体であり、宙に浮かんでいる」。

革新的だったのは、この認識である。

じつを言うなら、大地の正確な形状は、
円筒でも球体でもない。

地球を横から眺めると、
両極がわずかにつぶれた楕円形をしている。

そして、より正確であろうと努めるなら、
楕円形ですらない。

それはむしろ、洋梨形とでも呼ぶべき形をしている。

なぜなら、南極の方が北極よりも、
つぶれ具合が大きいからである。

地球の正確な形状をめぐる知が
一歩ずつ深まっていく過程は、
それはそれで興味深いものがある。

だが、この過程はわたしたちの世界認識に、
いっさい本質的な変化をもたらしていない。

大地が宙に浮かぶ岩山であること、
大地がなにものにも支えられていないこと、
大地の下にはわたしたちが見上げるのと同じ空が
広がっていることを理解するのは、
概念上の跳躍をはらむ、
目を見張るべき一歩である。

これこそが、アナクシマンドロスの功績に
ほかならない。

■地球が浮かんでいることの手がかりとは

それにしても、アナクシマンドロスは
いったいどのようにして、
大地の下にも空が広がっていることを見抜いたのか?

手がかりはじゅうぶんにそろっていた。

太陽は毎晩かならず西に沈み、
夜明けに東から顔を出す。

西に沈み、反対側(東側)からふたたび現れるには、
どこを通ったらよいのだろうか?

北極星は、まるで車輪の軸のように、
その場にとどまり動かずにいる。

北極星の近くの星、
たとえば小熊座を形づくる星々は、
北極星のまわりをゆっくりと回転し、
二十四時間をかけてもとの場所に戻ってくる。

地平線の下の方にも、
星々が通過するための空間があることは間違いない。

科学とは何か

日本人は、どんな宇宙観を持っていたのか、
気になりました。

そこで調べてみると、
日本人は、あまり宇宙の構造に関心がなかったようです。

国立天文台:江戸時代の宇宙観

https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/exhibition/040/

中国起源の蓋天説(天はふた)や渾天説(天球)、
または仏教で語られている宇宙観を
そのまま受け入れていたように見受けられます。

望遠鏡の伝来は、1613年でしたが、
それで天体を観察するようになったのは、
江戸中期以降とのこと。

日本の天文学はもっぱら暦を作るためのもの
だったようです。

だから、地動説はあまり問題にならなったとのこと。

これはこれで、おもしろいではないですか。

なぜ、日本人は、地球と宇宙にあまり興味をもたなかったのか。

考えてみると、西洋の文化とは、
発想のレベルから、大きく異なっているように見えます。

ここも探っていこうと思います。

あなたは、どのような身近な生活の観察から、地球が浮かんでいると考えますか。

20220726 大地は浮かんでいる_科学とは何か(4)vol.3481【最幸の人生の贈り方】

科学的思考とはどういうものか

■「科学=検証可能な予想」ではない

特定の有効範囲、所定の誤差範囲のもと、
優れた予想を提供できるかいなかが、
ある理論の値打ちを判断する際の決め手となる。

これが、今日における一部の科学哲学が
とっている立場である。

科学を「検証可能な予想」に還元してしまっては、
科学の営みや、実際に科学がたどってきた
発展の道のりを正当に評価することはできなくなる。

科学を「予想の技術」に還元することは、
「科学」と「科学技術の適用」の混同であり、
それはまた、実証と照合のための特定の手段を、
科学そのものと取り違えた態度でもある。

科学は量的な予測には還元されない。

計算手法にも、試験記録にも、仮説演繹法にも還元されない。

これらは科学の土台を支える、
きわめて有益な道具である。

それは理論の明晰さを保証する要素であり、
間違いを避けるための方法であり、
誤った前提を明るみに出すための技術である。

だが、それはあくまでも、
科学という営みを助ける道具でしかないのである。

いくら有益だからといって、道具それ自体のうちに、
知的活動の本質があるわけではない。

■科学研究の目的

科学研究の目的は、
正確な量的予測を実現することではなく、
世界がいかに機能しているかを理解することにある。

科学が存在する理由は、
わたしたちがかぎりなく無知であり、
抱えきれないほどの誤った先入観に
とらわれているからである。

「知らない」という現実、
丘の向こうにはなにがあるのかという好奇心、
知っていると思っていたことの問い直し……
これが、科学の探究の源泉である。

一方で、科学は明白な事実に抗ったり、
論理的な批判の言説を拒んだりはしない。

科学の冒険は蓄積された知全体に基礎を置いているが、
その核心は継続的な変化にある。

なんらかの確かさや、世界についての所与のイメージに
しがみつかないでいられる能力こそ、
科学的な知の要諦である。

それはむしろ、観察、議論、異論、批判など、
手もとにあるすべての材料を参照しながら、
みずから進んで、何度でも変化を受け入れようとする。

科学が前に進むのは、
問題の設定の仕方が悪かったということを
発見したときである。

■「不確かさ」の礼賛

つねに変化しつづけるというのなら、
なぜ科学の知を信頼することができるのか?

わたしたちが科学を信じられるのは、
ニュートンによる世界記述や、
アインシュタインによる世界記述が、
わたしたちの歴史のそれぞれの時点において、
わたしたちがもっている
最良の世界記述だったからである。

改良の余地があるということは、
世界について理解し思索するための優れた道具である
という事実を、なんら損なうものではない。

科学が提供するのはかならずしも、
決定的な解答ではない。

むしろ、科学という営みの本質からして、
それは「今日における最良の解答」と呼ぶべきである。

■文化的相対主義と「絶対」的な思想のあいだ

経験がわたしたちに教えているとおり、
美的、倫理的な判断のみならず、真偽の価値判断、
さらには現実という概念そのものでさえ、
ときとして文化的な背景に左右される。

文化的、時間的に、わたしたちと遠く隔たる
価値体系、真理体系に組みこまれた観念や判断について
評価をくだすことは、
わたしたちにとって大きな困難をともなう作業である。

科学でさえ「確かさ」を提供できないのなら、
わたしたちが真理だと思っていることを、
純金や宝石のように大事に守りとおしたところで
仕方がない。

ただし、このような価値体系の相対性、
判断の偶然性にたいする健全な認識は、
一歩間違えれば極端な結論にいたる可能性をはらんでいる。

それはつまり、あらゆる価値の完全な相対化である。

言い換えれば、あらゆる意見は等しく真であり、
あらゆる美的、道徳的な判断は等価であると
見なさなければいけないという、
妥協を許さない相対主義に陥りかねないのである。

間違う可能性に自覚的であることは、
「間違っている」とか「正しい」とか語ることに
意味はないという考え方とはまったくの別物であり、
わたしたちの考えとは異なる考えを真剣に検討することは、
あらゆる考えは等価であると見なす態度とは
まったくの別物である。

文化的相対主義の主たる問題点は、
それが自家撞着に陥っていることにある。

たしかに、時代に左右されない絶対的な真理は存在しないし、
文化の外部に位置する議論、
文化に備わる価値体系や真理体系の外部に位置する議論は
存在しない。

肝心なのは、いずれにせよわたしたちは
つねに特定の文化のなかに浸かっており、
そこから外に出ることはできないという点である。

わたしたちが浸かっている思考の枠組みは、
つま先からてっぺんまで、
もろもろの価値判断に染まりきっている。

真、善、美といった諸価値を基準に、
わたしたちは日々、さまざまな判断をくだしている。

わたしたちの議論が交わされる世界の外に、
真理の概念は存在しない。

だが、そうであるからこそ、
わたしたちは真理の概念を抜きにしてはやっていけない。

時代が変わり、場所が変われば、
文化も変わるのが自然である。

だが、「違う」ということは、
意思や思考の伝達が不可能であることを意味しない。

価値判断は歴史や文化に左右される。

だからといって、なにひとつ判断をしなくていい
ということにはならない。

それはむしろ、より知的な、より開かれた態度でもって、
複雑な問題に判断をくだすようわたしたちを導いてくれる。

科学とは何か

私が常々考えている、多様な意見をどう共存させるか、
という問いについて、一つの見方を提示してくれています。

「あらゆる意見は等しく真であり、
あらゆる美的、道徳的な判断は等価であると
見なさなければいけない」
という考え方はしなくてよいのだということが
わかりました。

そして、科学的思考のもっともよいところは、
「ひとりの権威よりむしろ、多数者の議論こそが、
より優れた決定をもたらしうる。

ある提案にたいするおおやけの批判は、
より良い提案を見分けるうえで有益である。

たがいの意見を、ひとつの結論へ
収斂させることは可能である。」
というところだと考えました。

さらに、科学が提供するのはかならずしも、
決定的な解答ではなく、
「今日における最良の解答」であるという
考え方にも同意します。

何かの教義にしがみつくのではなく、
「今日における最良の解答」が、
「明日における最良の解答」とは限らない
と知っておくことが大切なのだと思います。

世の中には、まだまだ解明されていないことが
たくさんあります。

そして、目に見える世界では理解しがたいことが、
科学の理論で語られています。

絶対的な同時性は存在しない。
粒子であり、波である。
時空間は湾曲する。

こんなことは、直感では受け入れられないのです。

ということで、まだまだ私たちの理解を超える世界が
あるのではないかと、期待しています。

あなたは、自分の思考のどういうところが科学的で、どういうところが科学的ではないかもしれないと考えますか。

20220727 科学的思考とはどういうものか_科学とは何か(5)vol.3482【最幸の人生の贈り方】

この記事は、メルマガ記事から一部抜粋し、構成しています。

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