兵法三十六計とは
兵法三十六計(三十六计)とは、南北朝時代に生まれ、明・清時代に書かれた古代中国の軍事戦術の三十六計のことを指します。 古代中国の軍事思想と豊富な闘争経験に基づく兵法書であり、中華民族の長年の無形文化財の一つです。兵法における戦術を六段階の三十六通りにまとめてあります。
六六三十六,数中有术,术中有数。阴阳燮理,机在其中。机不可设,设则不中。
六六三十六,數中有術,術中有數。陰陽燮理,機在其空,機不可設,設則不中。
六六三十六、数中に術あり、術中に数あり、陰陽の燮理(しょうり)、機はその中に在り。機は設くべからず、設くれば則ち中らず。
六六三六、数の中に技あり、技の中に数あり。 陰陽の原理がそこにある。 機会を設定することはできず、設定すると失敗する。
第一部 勝戦計・胜战计・勝戰計
处于绝对优势地位之计谋。君御臣、大国御小国之术也。亢龙有悔。
絶対的に優位な立場に立つための戦略。 王が臣下を、大国が小国を支配するための技術でもある。 乾為天卦の上九 亢龍悔あり。
自国が優勢な場合でも、勝算我にありと安心してはならない。
一瞬の油断がとりかえしのつかぬ敗北を招くのだ。
余裕のなかにも慎重に策略をめぐらし、”安全勝ち”をねらわなければならない。
第一計 瞞天過海(まんてんかかい)・瞒天过海・瞞天過海 天を瞞いて海を過る
天を瞞いて海を過る てんをあざむいてうみをわたる
备周则意怠;常见则不疑。阴在阳之内,不在阳之对。太阳,太阴。
備周則意怠;常見則不疑。陰在陽之內,不在陽之對。太陽,太陰。
備え周(あまね)かば則ち意怠る、常に見れば則ち疑わず。陰は陽の内に在り、陽の対に在らず。太陽は太陰なり。
非常に綿密な準備が、しばしば人の闘志を弛ませ、戦闘力を低下させる。いつも見ていると疑わなくなる。陰は陽の中にあり、陽に対立するものではない。非常に秘密めいた計画が、非常に公的なものの中に隠されていることが多い
やるぞやるぞと見せかければ、相手も警戒する。見せかけだけで、一向に行動を起こさないことを繰り返していると警戒しなくなる。相手が油断したときに、一気に攻撃する。
第二計 囲魏救趙(いぎきゅうちょう)・围魏救赵・圍魏救趙 魏を囲んで趙を救う
共敌不如分敌,敌阳不如敌阴。
共敵不如分敵,敵陽不如敵陰。
敵を共にするは敵を分かつに如かず。敵の陽なるは敵の陰なるに如かず。
集中している敵よりも敵の兵力を分散させて、攻撃したほうがよい。こちらから先制攻撃をかけるよりは、相手の仕掛けを待って、そのうえで制圧したほうがよい。強い位置にいる敵に後から攻撃するよりも、強い位置にいる敵に先に攻撃する方が良い。問題に真正面から取り組もうとするより、比較的楽に解決できる周辺の問題から片づけて行く方が得策な場合もある。《どの解釈が正しいか要確認》
第三計 借刀殺人(しゃくとうさつじん)・借刀杀人・借刀殺人 刀を借りて人を殺す
敌已明,友未定,引友杀敌,不自出力,以损推演。
敵已明,友未定,引友殺敵,不自出力,以損推演。
敵すでに明らかにして、友いまだ定まられば、友を引きて敵を殺さしめ、自から力を出さず,損を以て推演す。
敵はすでに明らかに行動を起こしているのに、同盟者が態度を決めかねているならば、同盟者に敵を攻撃させて、自らは力を温存する。『易』の山沢損卦の「損下益上」の応用である。
第三者の力ではなく、敵の力を利用して崩壊に追い込む方法も借刀殺人である。
第四計 以逸待労(いいつたいろう)・以逸待劳・以逸待勞 逸を以て労を待つ
困敌之势,不以战;损刚益柔。
困敵之勢,不以戰;損剛益柔。
敵の勢を困むるには、戦いを以てせず、剛を損じて柔を益す。
敵を苦境に追い込むために、戦うのではなく、敵を包囲し、積極的な防御により、徐々に敵の体力を消耗させる。
『易』の山沢損卦。
第五計 趁火打劫(ちんかだきょう)・趁火打劫・趁火打劫 火に趁んで劫を打く
火に趁んで劫を打く ひにつけこんでおしこみをはたらく
敌之害大,就势取利,刚决柔也。
敵之害大,就勢取利,剛決柔也。
敵の害大なれば、勢いに就き利を取る。剛、柔を決するなり。
敵が大きな困難や危険な状況にあるときに、勢いにのって、利益を得る。強者が弱者を打ち負かす。『易』の沢天夬卦。
「火事場泥棒」の意。
第六計 声東撃西(せいとうげきせい)・声东击西・聲東擊西 東に声して西を撃つ
敌志乱萃,不虞,坤下兑上之象,利其不自主而取之。
敵志亂萃,不虞,坤下兌上之象。利其不自主而取之。
敵の志乱萃し、虞らざるは,坤下兌上の象なり。その自ら主(つかさ)どらざるを利してこれを取る。
東を撃つと見せかけて陽動作戦を展開し、手薄になった西にすかさず攻撃をかける。敵は指揮系統が乱れてバラバラになり、情勢の変化に対応できない。
『易』の沢地萃卦の象。敵の混乱に乗じて一気に撃滅しなければならない。
第二部 敵戦計・敌战计・敵戰計
处于势均力敌态势之计谋。或跃于渊。
互角の立場に立つための策。乾為天卦の九四 あるいは躍りて淵に在り。
敵と戦う場合には、弱味を見せてはならない。
味方の力を誇示しながら、敵の弱味につけこんで利益の拡大をはかる。
実をもって虚を攻め、皮を斬らせて肉を斬る戦いを心がけなければならない。
第七計 無中生有(むちゅうしょうゆう)・无中生有・無中生有 無の中に有を生ず
诳也,非诳也,实其所诳也。少阴、太阴、太阳。
誑也,非誑也,實其所誑也。少陰、太陰、太陽。
誑(あざむ)くなり。誑くにあらざるなり。その誑く所を実にするなり。少しく陰、太だ陰、太だ陽なり。
無いのに有るように見せかけて敵の目をあざむく。最後まであざむきとおすことは難しいので、いずれ無から有の状態に転換する。陰は虚像。陽は実像。大小の虚像で実像を覆い隠す。
「無中生有」とは、ありもしないのにあるように見せかけて、相手の判断をまどわす策略である。
この策略を成功される前提条件として、
一、敵の指揮官が、単純な人物であるか、または疑い深い人物であるかして、こちらのしかけた策に乗りやすいタイプであること
一、「無」の状態、で敵の判断を惑わしたら、つぎの段階では実際に「有」の状態に転換して、一気にたたみかけること。
「無」から「有」、「虚」から「実」への転換が、この策略を成功させるポイントになる。
第八計 暗渡陳倉(あんとちんそう)・暗度陈仓・暗渡陳倉 暗に陳倉に渡る
暗に陳倉に渡る ひそかにちんそうにわたる
示之以动,利其静而有主,益动而巽。
示之以動,利其靜而有主,益動而巽。
これに示すに動を以てし、その静にして主あるを利す。益は動きて巽う。
陽動作戦を展開し、敵がその動きにつられて守りを固めたならば、こっそり別方面に迂回して不意打ちをかける。
『易』の風来益卦の象。「益は動いて巽う。日に進むこと疆无し。」と彖伝にある。益の卦は行動が下々を利益すること。この卦は下半分が動くの意味があり、上半分は従うの意味がある。つまり道理に従う。だからその人々を利益すること、日に進んで限りがない。
「暗渡陳倉」とは、A地点を攻撃すると見せかけて、実はB地点を攻撃するという策略で、発想としては、第六計の「声東撃西」に近い。敵の不意をつき、手薄をつくことができるから、勝つ確率がきわめて高い。この策略が成功するかどうかは、陽動作戦の成否にかかっている。そのための準備工作を入念に進めなければならない。
第九計 隔岸観火(かくがんかんか)・隔岸观火・隔岸觀火 岸を隔てて火を観る
阳乖序乱,阴以待逆。暴戾恣睢,其势自毙。顺以动豫,豫顺以动。
陽乖序亂,陰以待逆。暴戾恣睢,其勢自斃。順以動豫,豫順以動。
陽乖れ序乱るれば、陰以て逆を待つ。暴戾恣睢は,その勢自ら斃れん。順以て動くは予なり,予は順以て動く。
敵の内部矛盾が深まって統制が乱れたならば、わが方はじっと静観して異変の発生するのを待つ。憎しみと反目から殺し合いが始まり、行きつくところ、自滅の道をたどるにちがいない。わが方は高みの見物をきめこみ、果報は寝て待つのである。『易』の雷地豫卦の象。「順以て動くは豫なり。豫順以て動く。」と彖伝にある。道理に従って動くこと、それが喜びという意味である。喜んで道理に従うという仕方で動く。
「隔岸観火」とは、高みの見物をきめこむことである。相手側に内紛のきざしがあるときは、じっと静観して、相手の自滅を待ったほうが賢明である。相手が内紛を起こしているとき、それにつけこんで攻めたてるのも一つのやり方ではあるが、それではかえって相手を団結させてしまうことがある。それは得策とはいえない。
第十計 笑裏蔵刀(しょうりぞうとう)・笑里藏刀・笑里藏刀 笑いの裏に刀を蔵す
笑いの裏に刀を蔵す わらいのうちにかたなをかくす
信而安之,阴以图之,备而后动, 勿使有变。刚中柔外也。
信而安之,陰以圖之,備而後動,勿使有變。剛中柔外也。
信にしてこれを安んじ、陰かに以てこれを図る。備えて後に動き、変あらしむることなかれ。中を剛にし外を柔にするなり。
友好の誠意を示して敵の警戒心を解き、ひそかに打倒の策をめぐらす。十分に準備をととのえてから行動に出る。しかもそのさい、あくまでもわが方の真意を見破られてはならない。ふところに匕首をしのばせながら、うわべはにこやかに振る舞う策略である。
「笑裏蔵刀」とは、文字どおり、友好的な態度で接近し、相手が警戒心を解いたところをみすまして一挙に襲いかかる策略である。逆に、この策略を仕掛けられた側から言えば、「笑い」のなかにどんな魂胆が秘められているのか、すばやく読みとって対応策を講じなければならない。敵が笑顔を見せたり、うまい話をもちかけてくるのは、なんらかのねらいを秘めていると見なければならない。
第十一計 李代桃僵(りだいとうきょう)・李代桃僵・李代桃僵 李、桃に代わって僵る
李、桃に代わって僵る すもも、ももにかわってたおる
势必有损,损阴以益阳。
勢必有損,損陰以益陽。
勢い必ず損あり、陰を損いて以て陽を益す。
戦局の進展いかんによっては、かならずや損害を覚悟しなければならない場合もありうる。そんなときは、局部的な損害とひきかえに、全局的な勝利をかちとらなければならない。
「李代桃僵」とは、李を犠牲にして桃を手にいれる策略である。「皮を斬らせて肉を斬り、肉を斬らせて骨を断つ」戦略と言ってもよい。囲碁でいう捨て石作戦である。局部的な損害にくよくよせず、その損害を捨て石として活用し、より大きな利益をつかむということである。
第十二計 順手牽羊 (じゅんしゅけんよう)・顺手牵羊・順手牽羊 手に順いて羊を牽く
手に順いて羊を牽く てにしたがいてひつじをひく
微隙在所必乘;微利在所必得。少阴,少阳。
微隙在所必乘;微利在所必得。少陰,少陽。
微隙の在るは必ず乗ずる所なり。微利の在るは必ず得る所なり。少しく陰,少しく陽。
隙を発見したら、どんな小さな隙でも、すかさずつけこまなければならない。利益になることならどんな小さな利益でも、ためらわずに獲得しなければならない。どんな小さな不手際でも、敵の不手際につけこむことができれば、それだけ勝利に近づくのである。
「順手牽羊」とは、もともと、その場にあるものを手当たりしだいに失敬するという意味である。敵の隙につけこんで、がめつく戦果を拡大する策略である。
攻戦計・攻战计・攻戰計
处于进攻态势之计谋。飞龙在天。
攻撃的な姿勢での策略。乾為天卦の九五 飛龍天に在り。
第十三計 打草驚蛇(だそうきょうだ)・打草惊蛇・打草驚蛇 草を打って蛇を驚かす
疑以叩实,察而后动; 复者,阴之媒也。
疑以叩實,察而后動;復者,陰之媒也。
疑わば以て実を叩き、察して後に動く。復するは、陰の媒なり。
敵の動きがつかめなかったら、偵察して確かめ、状況を掌握してから作戦行動に乗り出さなければならない。偵察を繰り返すのは、かくれた敵を発見する手段である。
「打草驚蛇」には、二つの意味がある。
第一は、さぐりを入れて、相手の動きを察知する策略である。
第二は、蛇を打つかわりに草を打って蛇の情況を知ろうとするもので、一種の「いぶり出し」作戦である。
第十四計 借屍還魂(しゃくしかんこん)・借尸还魂・借屍還魂 屍を借りて魂を還す
有用者,不可借;不能用者,求借。借不能用者而用之,匪我求童蒙,童蒙求我。
有用者,不可借;不能用者,求借。借不能用者而用之,匪我求童蒙,童蒙求我。
用うるある者は、借るべからず。用うる能わざる者は、借るを求む。用うる能わざる者を借りてこれを用うるは、我より童蒙を求むるにあらず、童蒙より我に求む。
人の力に頼らずに自立しているものは、操縦がむずかしく、利用することもできない。逆に、人の力に頼って存在しているものは、こちらの援助を求めているのだ。それを利用して相手の首根っこを押さえる──これは、相手から操縦されず、逆に相手を操縦する策略にほかならない。
『易』の山水蒙卦の象。「我より童蒙に求むるに匪ず。童蒙より我に求む。」と彖にある。私の方から愚かな子供を探し求めて教えるのではない。愚かな子供の方から私に教えを求めるのだ。
「借屍還魂」とは、利用できるものはなんでも利用して勢力の拡大をはかる、しぶとい策略である。
・自己防衛のための防波堤として利用する
・勢力拡大のためのかくれ蓑として利用する
・地盤拡大のための踏み台として利用する
などの利用の仕方があげられる。
第十五計 調虎離山 (ちょうこりざん)・调虎离山・調虎離山 虎を調って山を離れしむ
虎を調って山を離れしむ とらをあしらってやまをはなれしむ
待天以困之,用人以诱之,往蹇来连返。
待天以困之,用人以誘之,往蹇來連。
天を待って以てこれを困め、人を用いて以てこれを誘う。往けば蹇み、来れば連なる。
有利な自然条件にめぐまれたときは、それを利用して敵を苦しめ、さらに、食いつきそうなエサをばらまいておびき出す。攻撃しても危険が予想されるときは、わざと隙を見せて相手に攻めさせるのである。
『易』の水山蹇卦六四の象。「往けば蹇み、来れば連なる。」進めば難儀に陥る。じっとしておれば仲間の者が連帯してくれる。
「調虎離山」の「虎」とは強敵、「山」とは根拠地の意味である。自然条件にめぐまれた山に生息している虎は、始末におえない。そういう虎を退治するには、まず山からおびき出さなければならない、という発想だ。
・敵が守りの固い城とか要害の地にたてこもっているときには、それを放棄するように仕向ける
・正面対峙している場合、敵の攻撃方向を他の地点にそらし、正面からの圧力を緩和する。
敵をおびき出すためのトリックが必要になる。そのトリックの巧拙がこの策略を成功するための鍵だと言ってよい。
第十六計 欲擒姑縦(よくきんこしょう)・欲擒故纵・欲擒故縱 擒えんと欲すれば姑く縦つ
擒えんと欲すれば姑く縦つ とらえんとほっすればしばらくはなつ
逼则反兵;走则减势。紧随勿迫。累其气力,消其斗志,散而后擒,兵不血刃。需,有孚,光。
逼則反兵;走則減勢。緊隨勿迫。累其氣力,消其鬥志,散而后擒,兵不血刃。需,有孚,光。
逼れば則ち兵を反さる。走らしめば則ち勢いを減ず。緊く随いて迫ることなかれ。その気力を累しめ、その闘志を消し、散じて後擒うれば、兵、刃に血ぬらず。需は、孚あり、光なり。
逃げ道を絶って攻めたてれば、相手も必死に反撃してくる。逃げるにまかせれば、相手の勢いは自然に弱まる。追撃するにも、あまり追いつめてはならない。体力を消耗させ、闘志を失わせ、相手がバラバラになるのを待って捕捉すれば、血を流さずに勝利することができる。じっくりと時を待てば、よい結果が期待できるのだ。
『易』の水天需卦の象。「孚有れば光き亨る。」と彖にある。内に充実したる誠の徳があるので、それによって、光が至らぬ隈なく照らすがごとく、大いに伸び栄えて盛んになるのである。
「欲擒姑縦」とは、完全包囲を避けるということである。完全包囲をすると「窮鼠、猫を噛む」ように猛反撃してくるかもしれない。
第十七計 抛磚引玉 (ほうせんいんぎょく)・抛砖引玉・拋磚引玉 磚を抛げて玉を引く
磚を抛げて玉を引く れんがをなげてたまをひく
类以诱之,击蒙也。
類以誘之,擊蒙也。
類以てこれを誘い、蒙を撃つなり。
まぎらわしいものを使って敵の判断をまどわし、思考を混乱させる。
『易』の山水蒙卦上九の象。「蒙を撃つ。」敵を誘惑することで、私に誘惑されるような愚かで妄信的な人たちと戦うことができるようになる。
「抛磚引玉」とは、日本語でいう「エビでタイを釣る」策略である。つまり、相手の食いつきそうなエサをばらまき、とびついてきた敵を撃滅するという発想である。
第十八計 擒賊擒王(きんぞくきんおう)・擒贼擒王・擒賊擒王 賊を擒えるには王を擒えよ
賊を擒えるには王を擒えよ ぞくをとらえるにはおうをとらえよ
摧其坚,夺其魁,以解其体。龙战于野,其道穷也。
摧其堅,奪其魁,以解其體。龍戰於野,其道窮也。
その堅きを摧き、その魁を奪い、以てその体を解く。竜、野に戦うは,その道窮まるなり。
主力を撃滅し、首領をひっ捕えさえすれば、全軍を壊滅させることができる。そういう相手は、陸にあがった竜のようなもので、いかようにも料理できる。
『易』の坤為地卦上六の象。「龍野于戰、其道窮也。」「龍が野外で戦い合う」というのは、陰の道が究極にまで至ったからである。
「擒賊擒王」とは、敵の主力、あるいは中枢部を壊滅させなければほんとうに勝ったことにはならないという発想である。小さな勝利に満足することなく、敵の主力を粉砕して抵抗の意志をうちくだかなければならない。
唐代の詩人杜甫の「前出塞」という詩に、
「射人先射馬 人を射んとせば先ず馬を射よ
擒賊先擒王 賊を擒えんとすれば先ず王を擒えよ」
とあるのが出典である。
混戦計・混战计・混戰計
处于不分敌友、军阀混战态势之计谋。见龙在野。
敵味方や武将が入り乱れる戦況での策。 『易』の坤為地卦上六の象。「龍野于戰、其道窮也。」「龍が野外で戦い合う」というのは、陰の道が究極にまで至ったからである。
一進一退の攻防が続き、戦局が予断を許さぬときこそ、策略や謀略を使って勝ちを決しなければならない。こういうときでも、柔よく剛を制する策略で、敵の勢力を崩壊に導くのが上策だ。
第十九計 釜底抽薪(ふていちゅうしん)・釜底抽薪・釜底抽薪 釜の底より薪を抽く
釜の底より薪を抽く かまのそこよりまきをぬく
不敌其力,而消其势,兑下乾上之象。
不敵其力,而消其勢,兌下乾上之象。
その力に敵せず、而してその勢いを消すは、兌下乾上の象なり。
敵の勢力が強大で力では対抗できないときは、その気勢を削いで骨抜きにする。すなわち「柔よく剛を制す」やり方で屈服させるのだ。『易』の天沢履卦の象。
「釜底抽薪」とは、問題を解決するには根本に手をつけなければ真の解決にはならないという発想だ。相手は強敵で、まともに戦っても勝ち目はない。そんな敵を撃ち破るには、敵の死命を制するような弱点にねらいをつけなければならない。それは比較的容易に実行できて、効果の大きいものであることが望ましい。
・敵の補給を断つ。
・敵の兵士の指揮を阻喪せしめる。
第二十計 混水摸魚(こんすいぼぎょ)・混水摸鱼・混水摸魚 水を混ぜて魚を摸る
水を混ぜて魚を摸る みずをかきまぜてうおをさぐる
乘其阴乱,利其弱而无主。随,以向晦入宴息。
乘其陰亂,利其弱而無主。隨,以向晦入宴息。
その陰乱に乗じ、その弱くして主なきを利す。随は、以て晦に向かえば入りて宴息す。
敵が内部混乱を起こし、戦力が低下し指揮系統が乱れているのにつけこんで、こちらの思うように操縦する。それはちょうど、夕方になればだれでも家に帰って休息をとるようなもので、どこにも無理のないやり方だ。
『易』の沢雷随卦の象。「君子以て晦きに嚮って入りて宴息す。」君子はこの卦の形にのっとって、日暮れに向かっては、家の中に入って安らぎ憩う。
「混水摸魚」とは、相手の内部混乱に乗じて勝利を収める策略をいう。相手に混乱がなければ、まず、混乱を起こすように工作し、それにつけこんで始末する。
・相手の判断をまどわすような攪乱工作をし、指揮系統を乱しておいて、それにつけこむ。
・相手のなかにも、さまざまな勢力や派閥があるが、混乱のなかでもっとも動揺している部分にねらいをつける。
第二十一計 金蝉脱殻(きんせんだっかく)・金蝉脱壳・金蟬脫殼 金蝉、殻を脱す
存其形,完其势;友不疑,敌不动。巽而止蛊。
存其形,完其勢;友不疑,敵不動。巽而止,蠱。
その形を存し、その勢を完うすれば、友疑わず、敵動かず。巽いて止まるは、蠱なり。
布陣の態勢を堅持して、あくまでも守り抜く構えをくずさない。こうして、友軍には疑惑を抱かせず、敵には進攻する意欲をもたせないでおいて、ひそかに主力を移動させる。
『易』の山風蠱卦の象。
「金蝉脱殻」とは、現在地にとどまっているように見せかけながら移動する策略である。たとえば、敵が強大でこれ以上支えることができない、頑張れば頑張るほど損害を大きくするだけだと判断したときは、ひとまず撤退して巻き返しをはかるのが上策である。そんなときに、敵を釘づけにしておけば、時間がかせげて撤退作戦を無事に完了することができる。
第二十二計 関門捉賊(かんもんそくぞく)・关门捉贼・關門捉賊 門を関して賊を捉える
門を関して賊を捉える もんをとざしてぞくをとらえる
小敌困之。剥,不利有攸往。
小敵困之。剝,不利有攸往。
小敵はこれを困む。剝は、往く攸あるに利しからず。
弱小な敵は、包囲して殲滅する。ただし、追いつめられた敵は、死にもの狂いで抵抗するから、深追いは避けなければならない。
『易』の山地剝卦の象。「剝は、往く攸有るに利ろしからず。」前進してはいけない。
「関門捉賊」とは、包囲した敵をあくまでも攻めたてて一網打尽にする策略である。「欲擒姑縦」とは正反対の策略である。
「関門捉賊」の策略を実行する場合、二つの前提条件がある。
・敵が少数で、しかも弱いこと。強大な相手や、やる気満々の相手に対しては、この策略は使うべきでないし、使っても成功しない。
・相手を取り逃したら、将来、さらに大きな禍根を生ずる場合。こんなときは徹底的に殲滅しなければならない。
第二十三計 遠交近攻(えんこうきんこう)・远交近攻・遠交近攻 遠く交わり近く攻む
形禁势格,利从近取,害以远隔。上火下泽。
形禁勢格,利從近取,害以遠隔。上火下澤。
形禁じ勢い格けば、利は近く取るに従い、害は遠隔を以てす。上火下沢なり。
戦線が膠着状態におちいったときには、地理的に近くの敵を攻撃するのが有利である。近くの敵を飛び越えて遠方の敵を攻めてはならない。遠方の敵とは、政治目的を異にしていても、一時的に手を結んで事にあたることができる。
『易』の火沢睽卦の象。
「遠交近攻」とは、文字どおり、遠方の国と同盟して近隣の国を攻める策略をいう。じわじわと勢力圏を拡大し、少ない労力で多くの効果をあげることができる。
第二十四計 仮道伐虢 (かどうばっかく)・假道伐虢・假道伐虢 道を仮りて虢を伐つ
两大之间,敌胁以从,我假以势。困,有言不信。
兩大之間,敵脅以從,我假以勢。困,有言不信。
両大の間、敵脅すに従を以てすれば、我仮るに勢を以てす。困は、言うことあるも信ぜられず。
敵とわが方と二大国にはさまれている小国に対して、もし敵が軍事行動に乗り出してきたならば、わが方もすぐさま救援の名目で出兵し、支配下におかなければならない。こういう小国に対しては、口で約束するだけで実際行動に出なかったら、信頼をかちとることができない。
『易』の沢水困卦の象。
「仮道伐虢」とは、小国の窮状につけこんでこれを併呑する策略である。ただし、軍を動かすには、それなりの大義名分がなければならない。相手が他国の攻撃をうけて救援を求めてくるようなときこそ絶好の機会だ。
併戦計・并战计・並戰計
对付友军反为敌态势之计谋。终日乾乾。
同盟国と連合して戦うときの策。『易』の乾為天九三の象。「終日乾乾。」終日努力する。
同盟国と連合して戦う場合、相手が同盟国だからといって、心を許してはならない。あくまでも指導権を確保して強い統率力を示すこと。敵であれ味方であれ、けっして隙を見せてはならぬ。
第二十五計 偸梁換柱(とうりょうかんちゅう)・偷梁换柱・偷樑換柱 梁を偸み柱を換う
梁を偸み柱を換う はりをぬすみはしらをかう
频更其阵,抽其劲旅,待其自败,而后乘之,曳其轮也。
頻更其陣,抽其勁旅,待其自敗,而後乘之,曳其輪也。
頻りにその陣を更え、その勁旅を抽き、その自ら敗るるを待ちて、後これに乗ず。その輪を曳くなり。
しばしば相手の陣形を変えさせたり、ひそかに主力を移動させたりして骨抜きにしたうえ、相手の自滅につけこんで乗っ取ってしまう。車輪さえおさえてしまえば、車の運行方向を制御できるのと同じ理屈である。
『易』の水火既済卦初九の象。「曳其輪」進もうとする車輪を後ろに引き戻し、進まないようにする。
「偸梁換柱」とは、相手を骨抜きにしてしまう策略である。梁も柱も、家の構造を支える屋台骨だ。それをとりかえてしまえば、形は同じでも、中身はすっかり変わってしまう。
この策略は、敵国に対しても同盟国に対しても使われる。同盟国にこの手を使うのは、相手をこちらの言いなりに操縦するためであることは言うまでもない。
第二十六計 指桑罵槐(しそうばかい)・指桑骂槐・指桑罵槐 桑を指して槐を罵しる
桑を指して槐を罵しる くわをゆびさしてえんじゅをののしる。
大凌小者,警以诱之。刚中而应,行险而顺。
大凌小者,警以誘之。剛中而應,行險而順。
大、小を凌ぐは、警めて以てこれを誘う。剛中にして応じ、険を行いて順なり。
強い立場にあるものが弱い立場のものを服従させるには、警告の方法を用いなければならない。適度に強い態度で臨めば、相手を服従させることができるし、断固たる態度で事にあたってこそ、相手を心服させることができるのである。
『易』の地水師卦の象。彖伝に「剛、中にして応ず。険を行きて順。」とある。下から二番目の爻だけが陽であって剛で、ほかは皆陰で、柔らかい。しかも、下半分の真ん中にあり、六五と応じている。この卦の下半分の坎は危険という意味で、そういう危険な道を行きながら、上半分の坤の卦は、従順である。
「指桑罵槐」とは、もともと、ほんとうはA(槐)を批判したいのだが、正面きってやることがためらわれるといった場合、B(桑)をどなりつけることによって、間接にAを批判する手法をいう。
第二十七計 仮痴不癲(かちふてん)・假痴不癫・假痴不顛 痴を仮るも癲せず
痴を仮るも癲せず ちをいつわるもてんせず
宁伪作不知不为,不伪作假知妄为。静不露机,云雷屯也。
寧偽作不知不為,不偽作假知妄為。靜不露機,雲雷屯也。
寧を偽りて知らずとなして為さずとも、偽りて知を仮るをなして妄りに為すことなかれ。静にして機を露わさず。雲雷、屯なり。
利口ぶって軽挙妄動するよりは、むしろ、わざとバカになったふりをして行動を控えたほうがよい。したたかな計算を胸に秘めながら、外にあらわさないのである。それはちょうど冬の雷雲がじっくり力を蓄えて時を待つ姿にそっくりだ。『易』の水雷屯卦の象。
「仮痴不癲」とは、バカになったふりをして相手の警戒心をやわらげる策略である。「痴」とは愚か、「癲」とは気違い。だから、「不癲」とは正常な判断力をもっていること。弱い立場、あるいは苦境に立たされたときに使われることが多い。成功させる鍵は、もっぱら「仮痴」の演技力にかかっている。
第二十八計 上屋抽梯(じょうおくちゅうてい)・上屋抽梯・上屋抽梯 屋に上げて梯を抽す
屋に上げて梯を抽す おくにあげてはしごをはずす
假之以便,唆之使前,断其援应,陷之死地。遇毒,位不当也。
假之以便,唆之使前,斷其援應,陷之死地。遇毒,位不當也。
これを仮るに便を以てし、これを唆かして前ましめ、その援応を断ち、これを死地に陥す。毒に遇うとは、位当たらざればなり。
わざと誘いの隙を見せて敵を引きつけ、後続部隊を断ち切って包囲殲滅する。敵がそんな結果を招くのも、もとはといえば、こちらのバラまいた利益にとびついたからである。
『易』の火雷噬嗑卦六三の象。「毒に遇うは、位当たらざるなり。」刑罰中らず、判断正しからぬ人が、他人を裁いても、相手が屈服するはずはない。必ず激しい反抗に遭うであろう。
「上屋抽梯」とは、二階にあげておいてハシゴをはずしてしまうことで、軍事上の策略として、つぎの二つの意味を含んでいる。
・食いつきそうなエサをばらまいて、敵を暴進させ、後続部隊との連携を断ち切って、これを殲滅する。
・みずから退路を断って背水の陣をしき、兵士が必死の覚悟を固めて戦うように仕向ける。
第二十九計 樹上開花(じゅじょうかいか)・树上开花・樹上開花 樹上に花を開す
借局布势,力小势大。鸿渐于陆,其羽可用为仪也。
借局布勢,力小勢大。鴻漸於陸,其羽可用為儀也。
局を借りて勢いを布けば、力小なれども勢大なり。鴻、陸に漸む、その羽もって儀となすべし。
さまざまな手段を採用して優勢に見せかければ、たとい弱小な兵力でも強大に見せることができる。雁が空を飛ぶ姿を見るがよい。翼をいっぱいにひろげて、意気さかんなさまを示しているではないか。
『易』の風山漸卦上九の象。「鴻逵に漸む。其の羽をもって儀と爲す可し。」水鳥が、天上の雲の通い路まで上った。その落とした羽根は、儀式の飾りとするに足る。
「樹上開花」とは、大兵力に見せかける策略である。
第三十計 反客為主(はんかくいしゅ)・反客为主・反客為主 客を反して主と為す
乘隙插足,扼其主机,渐之进也。
乘隙插足,扼其主機,漸之進也。
隙に乗じて足を挿し、その主機を扼えよ。漸の進むなり。
相手に隙があれば、すかさずつけこんで、権力を奪い取る。ただし、手順を追って一歩一歩目的を達成しなければならない。
『易』の風山漸の象。「漸という卦は「進む」という卦である」と彖伝にある。
「反客為主」とは、客の立場にあるものが主人公の座に居なおる策略である。つまり受動的状態にあったものが主導権を奪取することだ。この策略を実現するためには、時間をかけ、手順を追って進めなければならない。
1. まず、客の座をかちとる
2. 主人の弱点をさがす
3. 行動を開始する
4. 権力を奪取する
5. 主人にとって代わる
6. 権力を固める
客の座にとどまっているうちは、軽挙妄動せず、隠忍自重して時を待たなければならない。
敗戦計・败战计・敗戰計
处于败军态势之计谋,潜龙勿用。
敗走中の策略。『易』の乾為天初九の象。「潜龍。用うる勿れ。」地に潜む龍、まだ行動してはいけない。
絶体絶命のピンチに立たされても、最後まであきらめてはならぬ。意志あれば道あり。逆転勝利の秘策はいくらでもある。いよいよかなわぬときは逃げ出せばよい。それが明日の勝利につながるのだ。
第三十一計 美人計(びじんけい)・美人计・美人計 美人の計
兵强者,攻其将;将智者,伐其情。将弱兵颓,其势自萎。利用御寇,顺相保也。
兵強者,攻其將;将智者,伐其情。將弱兵頹,其勢自萎。利用御寇,順相保也。
兵強きは、その将を攻む。将智なるは、その情を伐つ。将弱く兵頹るれば、その勢自ら萎まん。利もて寇を御し、順にして相保つなり。
兵力強大な敵に対しては、指揮官をまるめこむ。相手が知謀の指揮官なら、策を講じてやる気をなくさせる。指揮官も兵士もやる気をなくせば、相手は自然に崩壊する。こうして相手の弱点につけこんで自由にあやつることができれば、局面を打開して存立をはかることができる。
『易』の風山漸卦九三の象。「用て寇を禦ぐに利ろしとは、順んで相い保ればなり。」寇を禦ぐに利ろしとは、戒慎してとりでを作って守ればふせげること。
「美人の計」とは、もともと女を使って相手のやる気をなくさせる策である。
第三十二計 空城計(くうじょうけい)・空城计・空城計 空城の計
虚者虚之,疑中生疑;刚柔之际,奇而复奇。
虛者虛之,疑中生疑;剛柔之際,奇而復奇。
虚なるはこれを虚にし、疑中に疑を生ぜしむ。剛柔の際、奇にしてまた奇なり。
味方の守りが手薄なとき、ことさら無防備であるように見せかければ、敵の判断をまどわすことができる。兵力劣勢なときにこの策略を使えば、思わぬ効果をあえることがある。
『易』の雷水解卦初六の象。「剛柔之際、義无咎也。」初の柔爻と四の剛爻が相い応じているので、当然咎がない。
「空城の計」とは、味方が劣勢で勝算が立たないとき、わざと無防備のように見せかけて敵の判断をまどわす心理作戦である。この作戦のねらいは、敵に勝利することではなく、時間をかせいで、敵の攻撃を回避する点にある。土壇場に立たされて、死中に活を求めるときに使われることが多い。
第三十三計 反間計(はんかんけい)・反间计・反間計 反間の計
疑中之疑。比之自内,不自失也。
疑中之疑。比之自內,不自失也。
疑中の疑なり。これに比すること内よりすとは、自ら失わざればなり。
あくまでも敵を疑心暗鬼におとしいれて判断をまどわす。なかでも効果的なのは、相手の諜報員を逆用することである。これなら労せずして勝利を収めることができる。
『易』の水地比卦初六の象。「比之自内、不自失也。」然るべき相手を見て仕えるのは自分の側の決心であり、それが自分の主体性を喪失しないことでもある。
「反間の計」とは、ニセの情報を流して敵を離間したり、敵の判断をまどわしたりする策略である。情報を流す場合、敵の諜報員を利用するのがもっとも効果的だとされる。
『孫子』によれば、つぎの2つの方法があるという。
・敵の諜報員を買収して、ニセの情報を流させる。
・わざと気づかないふりをしてニセの情報をつかませる。
第三十四計 苦肉計(くにくけい)・苦肉计・苦肉計 苦肉の計
人不自害,受害必真;假真真假,间以得行。童蒙之吉,顺以巽也。
人不自害,受害必真;假真真假,間以得行。童蒙之吉,順以巽也。
人、自ら害せず、害を受くれば必ず真なり。真を仮りとし仮りを真とせば、間以て行うを得ん。童蒙の吉とは、順にして巽なればなり。
わざわざ自分からすすんで自分の体を傷つけるものはいない。傷ができるのはみな人のせいである。それを逆手にとって、わざと自分で傷をつけておいて人からされたように信じこませることができれば、離間の計を成功させることができる。ただし、それを敵に信じ込ませるためには、演技が真に迫っていなければならない。
『易』の山水蒙卦六五の象。「童蒙の吉なるは、順にして巽なればなり。」六五は柔順にして、尊い位にあるにかかわらず、身分の高貴なることを忘れて、下の賢人に従うので、それゆえに吉である。心が柔順であるのが、順であり、容貌態度の謙遜恭順であるのが巽である。
「苦肉の計」とは、わが身を痛めつけて敵を信用させ、反間活動を成功に導く策略である。敵を信用させるためには、味方まであざむく非情さが要求される。
第三十五計 連環計(れんかんけい)・连环计・連環計 連環の計
将多兵众,不可以敌,使其自累,以杀其势。在师中吉,承天宠也。
將多兵眾,不可以敵,使其自累,以殺其勢。在師中吉,承天寵也。
将多く兵衆くば、以て敵すべからず、それをして自ら累れしめ、以てその勢いを殺ぐ。師に在りて中すること吉なりとは、天寵を承くればなり。
敵の兵力が強大なときは、正面から戦いを挑んではならない。まず、謀略を使って敵同士を牽制せしめ、相手の力を弱めることが肝要である。味方の将帥が、たくみに謀略を駆使すれば、勝利を収めることができる。
『易』の地水師卦九二の象。「師に在りて中す、吉なりとは、天寵を承くるなり。」九二はこの卦で唯一の剛爻。下にあって多くの陰に信頼される。内卦の「中」なる徳をもって軍中におる。それで吉。上の六五に「応」じて、大事を任されている。
「連環の計」とは、敵が互いに足の引っ張り合いをするように仕向け、行動力をにぶらせてから攻撃する策略である。はじめの計略で敵を神経的にまいらせ、つぎの計略で攻撃を加える。このように、一次、二次と二つ以上の計略を組み合わせながら、まず、消耗させ、ついで撃滅するのが、「連環の計」である。
第三十六計 走為上(そういじょう)・走为上计・走為上策 走ぐるを上と為す
走ぐるを上と為す にぐるをじょうとなす
全师避敌。左次无咎,未失常也。
全師避敵。左次無咎,未失常也。
全師、敵を避く。左き次るも咎なきは、いまだ常を失わざるなり。
全軍退却して敵の攻撃を避けるのである。情況によってはあえて撤退することも辞さない──これもまた用兵の鉄則である。
『易』の地水師卦六四の象。「左き次る、咎なしとは、いまだ常を失わざればなり。」戦いに勝ちそうではない。ただ陰爻であって陰位におる。ということは、自分の能力を知って安全な場所に止まっていること。兵法の常道にしたがっていれば、咎はない。
「走為上」とは、戦いを避けるのが最善の策略だという考え方である。もともと中国の兵法書には、当たって砕けろ式の玉砕戦法はない。勝算のないときは戦ってはならないというのが、基本的な認識である。そもそも凡庸な将帥ほど、進むことを知って退くことを知らないものだ。そんな人物を、中国人は「匹夫の勇」と呼んで軽蔑する。将帥や組織の責任者に望まれるのは、進む勇気ではなく、退く勇気なのである。
退くことのメリットは、第一に、勝てはしないが、敗れることもない。つまり、打撃を避けることができる。第二に、戦力を温存して、つぎの戦いに備えることができる。つまり、逆転勝利も夢ではない。
参考資料
『兵法三十六計―世界が学んだ最高の”処世の知恵”』
守屋 洋 (著)
https://baike.baidu.com/item/三十六计/25221
https://zh.wikisource.org/wiki/三十六計